見出し画像

「女」ではなく「私」になるために

しばらく頭から離れない言葉があった。それは、文芸雑誌「文學界」3月号のリレーエッセイにて綴られた、島本理生さんの一文だ。

三十五歳を過ぎ、誤解を恐れずに言えば妊娠適齢期を過ぎて、体がそれに伴った変化を急速に始めて決定的に「若い女」ではなくなったある日、突然私は「私」になった。

私は最近34歳になったのだけど、この言葉にふかく、ふかーく共感・納得した。というのも、2年前に結婚したとき、どこか「宿題をひとつ終わらせた」ような感覚になったからだ。

そして結婚して1年が経った頃、島本さんが言うように、私が「私」になったような感覚を得た。「30代の女」ではなく「私」として生きているような、なんともいえない感覚だ。趣味も増えたし、何やら人生が楽しくなった。

そして結婚して1年半が経過した今、あらたな宿題として少しずつ私の中に「出産」という言葉が芽生えはじめている。

「女の幸せ」ってなに

画像1

私はずっと「女とは」全般が嫌いだった。なぜか「女の幸せ」と呼ばれるもののほとんどが”結婚して子どもを産み、育てる”ことを分解したようなものばかりだから。

「結婚をして子どもを産んで育てることが女としての幸せだ」という時代は終わった。(あえて書いてみたけれど、女の幸せを定義することが「時代」として括られている表現にはずっと違和感がある)

嫌悪感を抱き続けた「女の幸せ定義」時代の終焉に安心感はあるものの、だけど私自身はというと、やっぱり未だに「宿題」を手放せずにいる。

自分の正解を見つけられない「アイデンティティ・クライシス」

画像3

最近「アイデンティティ・クライシス」という言葉を知った。

「現代」という時代は、ひとりひとりが固定概念や多数派に縛られず、自分らしい生き方を選ぶことができる。それはつまり、自由でありながらも自分だけの「正解」を自分で見つけなければならない時代ともいえる。そんな「自分だけの正解」を見つけきれず、自己喪失に陥ってしまうことを「アイデンティティ・クライシス」というらしい。

心当たりがありすぎながらも調べを進めると、どうやら自己喪失感から逃れるために「かつての正しさ」にすがろうとする人も少なくないそうだ。現代という時代は「かつての正しさがおかしいと分かっていながらも、それにすがって生きざるを得ない時代」ということらしい。

グサッときた。というか認めざるを得なかった。なるほど、私の現状が一言一句言語化されているじゃないか、と。

まさに、私が抱える「女らしさへの嫌悪」と「女としての宿題感」という相反するふたつは、そういうことだった。

北朝鮮を脱北した少女の話

画像2

ふと、北朝鮮を脱北した少女の半生を綴った本「生きるための選択」に書かれていた言葉を思い出した。

自由がこんなに残酷で大変なものだとは知らなかった。それまでずっと、自由というのは、逮捕される心配なくジーンズをはいたり、好きな映画を見たりできることだと思っていた。そのときはじめて、自由であるというのは、つねに頭を使って考えなければならないことなのだと気付いた。それはすごく疲れることだった。いつも飢えてさえいなければ、北朝鮮にいたほうがよかったかもしれないと思うことすらあった。そこでは自分で考えたり選択したりしなくていいから。

もう5年以上前に読んだ本なのだけれど、当時の私にはあまりにも衝撃的だったのでよく覚えている。私にとって「自由」とは、まさに彼女が”疲れる”と言った「自分で選択できること」そのものだったから。

何もかもが不自由な北朝鮮から脱北して、並々ならぬ困難を乗り越えた末に手に入れた自由がとても苦しかったと語る彼女は、まさに現代のアイデンティティ・クライシスを象徴しているようだ。そして当時衝撃を受けたその感覚は、私の中にも潜んでいた。

自由から逃げない

わたしたちはこれから、自由だ。だけど自由とは、ひとつひとつの属性を脱ぎ、ついに裸になるまで脱いでしまった後、全裸になった自分に自分で選んだ服を着せていく行為なのだと思う。

最初は服選びに失敗するかもしれないけれど、失敗を恐れては、ずっと誰かに服を選んでもらう人生だ。脱北した少女が『いつも飢えてさえいなければ、北朝鮮にいたほうがよかったかもしれないと思うことすらあった』というように。

そんなのは嫌だ。私は自分で服を選びたい。ということなので、アイデンティティ・クライシスを認めつつ、失敗しながらも自分の道を選ぶことにした。(※ちなみに子どもは欲しいなと思ったので、宿題ではなく普通に望む形を選ぶことにする)


この記事が参加している募集

最近の学び

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?