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言葉の切れ味

「自分には、この人間関係しかないとか、この場所しかないとか、この仕事しかないとかそう思い込んでしまったら、たとえ、ひどい目にあわされても、そこから逃げるという発想を持てない。呪いにかけられたようなものだな。逃げられないようにする呪文があるのなら、それを解き放つ呪文も、この世には同じ数だけあると思うんだけどねぇ」

これは小説『昨日のカレー、明日のパン』に出てきたセリフ。

このセリフを見て改めて思う。「言葉」を扱う仕事をやってきて、私は呪いを解く言葉をひとつでも他者に提供できたことがあるだろうかと。

同時に、妊娠出産において、たくさんの人からもらったお守りみたいな言葉の数々を思い出した。

呪いを解く言葉

いちばん心に残っているのは、編集で携わっているメディアの編集長からいただいた言葉だ。

戻ってくる場所がここにあるのだから、焦らずに、これまでとは違う時間を積み重ねてくださいね。その時間も経験も、結果、書く力につながっていきます。

グループチャット内で出産報告をした際にもらった言葉なのだけど、そのときの私にとってドンピシャで刺さった3行だった。

出産はおめでたいことだし、望んでいたことだけれど、だけどやっぱり不安だったから。

仕事を休む間に、私はフリーランスのライター、編集者として、どれだけのものを失うのだろう。

どれだけの仕事やチャンスが、私に声がかからないまま誰かの手に渡るのだろう。

育児のために、どれだけのものを諦めるべきなのだろう。そもそも、いつから、どのような形で仕事復帰できるのだろうか。

それにしても、今からこんなことを考えている私は母親失格なのではないか。私が器用な人間なら、産休も育休も取らずに両立できたんじゃないだろうか。

ーそんな不安をぜんぶ、3行の言葉がそれこそ呪文みたいに私を浄化してくれた。この言葉を、この人が言ってくれたからよかった。

この言葉のおかげでいま、目の前の子に思う存分愛情を注ぐことができているし、それを幸せだと心から思えている。

呪いの言葉

逆に、呪いをかける言葉にも出会った。妊娠中「これって食べてもいいんだっけ」と気になり検索したときの、いわゆるアオリ的な記事タイトルの数々だ。

「ダウン症の可能性?!○○は食べてもいいの?」
「○○を食べると赤ちゃんが危険?!」

私もメディアの人間なので、そのタイトルをつける気持ちはとてもよくわかる。クリック数を稼ぎたいし、実際に稼げると思う。こんなタイトルを見るとギョッとしてクリックしてしまうのが妊婦心だし。だけど食べても大丈夫な食材でもこんなタイトルだと、さすがに不安が積もりまくって辛い。結局チリが積もって山となり、食べること自体が苦痛でたまらない時期があった。これぞ、呪い。

言葉の威力

人を呪う言葉と、呪いを解く言葉。私はこれまでの仕事やコミュニケーションでどちらを多く使ったのだろう。

ふと、「精油はよく切れるナイフだ」という言葉を思い出す。かつてリラクゼーションサロンで働いていたときに、尊敬する上司の言葉だ。

使い方が正しければとてもおいしい料理や美しい造形美を生み出すけれど、使い方を間違えると怪我をするし、させてしまう、という意味で、精油の調合の効用と危険性を一言で表したすごい比喩だなぁと思った。

そしてふと「言葉」もそうだなと思う。文章を書くということだって、よく切れるナイフを扱っているようなものだ。

私は私が手にしているこのナイフで、誰かの心を傷つける可能性があることを十分にわかっていないといけないなと思う。だけど同時に、誰かを救う可能性も信じたい。

そしてこの先、なるべくなら呪いを解いたりお守りになるような言葉を使う書き手であり、人間でありたいなと思う。私がそうしてもらってきたように。


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