見出し画像

【短編小説】魔法のシチュー

スーパーの入り口で、小さな子供がトレーナーの襟をのばし顔に半分かぶせながら震えている。青山渉(7)。今日は父親と買い物にきた。
父の辰也(31)は、そばで弟の亮(3)を抱えている。
渉「うう~ッ……さっぶ……」
辰也「雪でも降るかなぁ」
弟の亮は、咳込んでいる。
通りすがりの親子は、子供が、母親にマフラーをまいてもらっている。じっと見つめる渉。
辰也「ほら、いくぞ」
車へ向かう辰也。慌てて走ってついていく渉。


 
周囲に店や建物など何もない田舎の田んぼ道を、車がずーっと走っていく。
 
家の台所にきてようやく気付いた。
渉がスーパーの袋を広げながら叫んでいるのだ。

渉「あ~っ!シチューのルーが無いよ!!」
辰也「しまったな。まぁ、今日は野菜炒めか
何かにするか」
渉「だめだよ!今日はママが来るんだから!ママとシチュー作るんだよ!」

熱くなっている渉の横で、亮が咳込んでいる。

辰也「そうは言ってもなぁ……牛乳もないし」
渉「もっかいスーパーに行こう!」
辰也「そうだなぁ……ん……?亮?」
   亮が、ふらりと体を横たえる。
辰也「亮!?どうした!?」
   辰也、亮の額に手を当てる。
辰也「熱だ……今日は土曜日だし病院も……大丈夫とは思うが、あまり動かさない方がいい。悪い、スーパーは無しな」
渉「そんな……でも……仕方ないよね……」

辰也は、タオルを濡らしてしぼったり、布団を敷いたり忙しそうにしている。渉が窓から空を見上げる。
渉「ママ……」
ちらちらと雪が降っている。
 


渉には、母親の松原恵との思い出があった。
渉が台所で野菜を並べていると、
恵「お肉にじゃがいも、ニンジン玉ねぎ……あっ、カレールー!」
   恵がシンク下の戸棚を探す。
恵「しまった~、これしかないや」
   クリームシチューのルーが出てくる。
渉「カレーは無理?」
恵「無理ね~」
渉「シチュー、ごはんにかけたら美味しい?」
恵「シチューごはん!おいしいと思う!」
2人は笑いあい、野菜の皮をむき始める。

* 

渉が窓の外を眺めている。亮は布団に横になり、寝息を立てている。辰也が、
辰也「ママ、雪で少し遅れるみたいだ」
渉「そっか……ねぇ、亮寝てる間にスーパーにいけない?」
辰也「さすがにこの状態で留守番はなぁ。そ
れに、こんなに早く雪が降ると思ってない
から冬タイヤにしてないんだよ。チェーン
も古いし……車は危ないな」
渉「ママは大丈夫なの?」
辰也「ママは駅から歩いてくるからな。電車が止まるほどの雪じゃないから大丈夫だよ」
渉「よかった……」
   亮が寝ている。辰也がスマホをいじっている。
渉「あのさ、歩いてシチュー買いにいけないかな?」
辰也「歩いてどんだけあると思ってんだ。それに留守にできないだろ」
渉「でも……ママ……喜ぶかなって……」
辰也「ママママって、ママはもう出ていったんだから」
渉「パパがお酒ばっかり飲んでるからだろ!」
辰也「渉!」
辰也がわなわなとにらみを利かせる。
渉は涙ぐみ、かばんをつかみ、部屋を飛び出していった。
 
玄関から渉が飛び出してくる。外は雪が強くなっている。辰也が渉を捕まえて抑える。
渉「買い物に行くんだ~~ッ!」
辰也「やめろっって!おまえまで風邪ひく
ぞ!」
渉、力敵わずうなだれる。
 


リビングでは、亮がすーすーと寝ている。辰也もあれから添い寝をしており、舟をこいでいて手に持ったスマホが落ちそう。
渉の足音が、玄関の方へ進んでいく。
 
足音を立てないように慎重に玄関へ向かい、長靴をはく。レインコートをかぶり、傘を持つ。扉を出ていく渉。


 
田んぼ道で、大雪の中渉が傘を飛ばされそうになりながら歩いている。突風。傘が飛ばされていく。転ぶ渉。
渉「う……うぇ……うぇ……えーーーん」
母親に会いたいだけなのに。どうしてこんなに上手く行かないのか。涙が込み上げてくる渉が、座り込んでいると、恵がやってきて。
恵「渉?渉なの?」
慌てて駆け寄り抱き寄せ、
恵「迎えに来たの?だめじゃない、待ってな
きゃ」
ほっとした表情の渉。雪はどんどん強くなっていく。

玄関に戻った雪まみれの恵と渉が上着を脱ぎ、雪をはらう。
恵「そう、亮ちゃんお熱出たのね」
リビングへと歩いていく。
 
亮が物音に気付き、起きて恵に駆け寄る。辰也は頭をぼりぼりかいて眠そう。

傍に酒の缶。
それを冷たい目で見る恵。

辰也「おお、来たか」
恵「渉、一人で外に居たわ。あなた何してたの?」
辰也「渉おまえっ……!ダメって言ったじゃないか!」
恵「大雪の中泣いてたわ。可哀そうに。ほんとあなたって駄目ね」
   不安そうな顔で見つめる渉。
渉「ま……ママ……今日はね……」
恵「お酒やめるって約束だったのに全然。仲直りする気ないのね」
辰也「まだ前に買ったのが残ってるんだよ。もったいねーだろ」
渉「ママ……!今日は、僕と、シチューを……!」
恵「言い訳ばかり!」
渉「ママ!!」
辰也「渉がかわいそうだろ!聞いてやれよ」
恵「……ごめん渉、なんだった?」
渉「僕がいけないんだ」
恵「え?」
渉「僕がシチューを買い忘れるから……」
恵「シチューを、作ろうとしてたの……?」
恵みが微笑み、渉の頭を撫でる。
恵「ママとの思い出だもんね」
渉「パパとも思い出だよ」
辰也が驚いた顔をする。

渉「あの日はじめてシチューを作ったら、二人とも美味しい美味しいって食べたじゃない。その日は二人とも喧嘩しなかったんだ。だから、ママと作るシチューは魔法のシチューなんだ。今日もシチューを食べればきっと二人は喧嘩しないよ」

渉を抱きしめる恵。それを抱きしめる辰也。
傍でケラケラ笑う亮。

 
野菜炒めを作る辰也。ダイニングテーブルに座る渉と亮。皿を並べる恵。
渉「シチューじゃなくても喧嘩しないってほ
んと?」
辰也「ああ、約束する」
恵「パパとママ、喧嘩しないようにするわ」
辰也「これももういらん」
辰也、流しに缶ビールの中身をだばだば捨てる。笑う恵。
辰也「今日、泊まってくんだろ、雪だし」
恵「そうね、雪だし」
渉がひらめいた顔をする。
渉「わかった!雪が降るとパパとママは仲良くなるんだ!そうでしょ?!」
照れくさそうな辰也。
恵「ん~?どうかな~?パパの野菜炒めが魔法の野菜炒めなのかもしれない」
渉「でも僕、野菜あんまり好きじゃない……」
笑いあう四人、席に付き、いただきますをする。
恵が亮におかゆを食べさせる。亮の額に手をあてる。
恵「亮の熱もだいぶ良いみたいね」
渉「亮が熱出したのは寒かったからだよ。僕もマフラーほしいな」
恵「明日、買いにいこうか」
渉「へへっ」
辰也「ただし、雪が止んだらだぞ」
渉「止まなかったら?」
辰也「明日も野菜炒め作って寝る!」
渉「えーっ」

家の中で笑いあう家族を、降り積もる雪が見守っている。


ーーーーーーーーー
シナリオセンターの課題、雪というテーマに提出したシナリオでした。
今日は雪がすごいですね。皆様ご安全に。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?