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好きを隠すことの息苦しさ-ポリアモリーであるが故の悩み-

みなさん、こんばんは。今回は隠すことや嘘をつくことについて考えたいと思います。

わたしは隠すことや嘘をつくことが苦手です。顔にすぐ出るし、辛くなってしまいます。今回はなぜ、辛くなってしまうのかを掘り下げて、自分の頭を整理したいと思います。
良ければお付き合いください。


どういったときに辛くなるのか

非モノガミー(ポリアモリー)であること

どんなときに辛くなるのかを書くために、共有したいことを書きます。それは、わたしが非モノガミー(ポリアモリー/複数恋愛)であるということ。

わたしは複数の人を同時に好きになるタイプなのです。それは幼い頃からで、生まれつきそうだと言ってもいいと思います。
今でも何人か好きな人がおり、その人たちと過ごす時間はとても嬉しいものです。

今回、隠すことに該当するのは「好きという気持ち」のことです。これを隠すことが辛いという話なのです。

好きを隠すか迷うとき

わたしのパートナーはモノガミーです。一対一の親密な関係を望む人ということです。しかし、わたしは複数の人を好きになる人。パートナー以外に好きな人ができたときに、わたしは悩みます。

「パートナーを傷つけてしまうのではないか」「いつ話せばいいのだろうか」「なんて言えばいいのか」
こんなことを考えてしまって、上手く言い出せずにいることがあるのです。

しかし、言わない辛さに耐えられず、いつもすぐにパートナーには話します。

何が辛いのか

隠しているという後ろめたさ

自分の気持ちを意図的に隠すということは後ろめたいことです。まるで、悪いことをしているよう。

オープンな状態でパートナーと接する、という姿勢がわたしにとっては重要で、それは「いつでも、あなたのことを受けとめる準備がある」ということを見せている状態です。わたしはパートナーに安心を感じて欲しいのです。
安心していられる場所を提供し、壁のない状態で話したり、関係を築きたいと思っています。

好きな人がいることを隠すのは、そういったことと相反します。わたしはパートナーに対して誠実でありたいのです。

自分なりの愛し方を否定してしまう

パートナーに誠実であること、と書きましたが誠実であることは好きな人たちに対してもです。それがわたしなりの愛し方なのだと思います。

安心を提供するということ、その上で関係性を築きたいということ。それを否定するのは、自分が模索して得た愛し方を否定してしまうということになります。そのため、辛くなるのだと考えます。

オープンな関係性の否定

わたしは複数の人を好きになることをオープンにしています。理由はいろいろとありますが、それが自分の選択した生き方なのです。

隠すことは自分が選んだ生き方そのものを否定することに繋がります。そうなると、自信を持って歩いていくことが難しくなってしまいます。自分を否定するのは辛いことです。

複数の要因から辛さを感じている

ここまで書いたようなことが、わたしの辛さの要因であることがわかりました。こう書いてみると少し整理できた気がします。

自分にも、好きな人たちにも素直でありたいという気持ちがわたしは強いのだと思います。そういったところも、辛さを感じさせる理由であると考えます。

これから隠すことを迷うときがあったとしたら、モヤモヤと辛さを抱えるのではなく、「わたしは自身を否定しているのが辛いんだ」と考えることができます。そう思うと、落ち着いて話すことができるかもしれません。

最後まで読んでくださってありがとうございました。

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