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年に何回満月が訪れると思う?/短編小説


そろそろ夜ご飯に行こうか、そう話した5分後には車を出す。相変わらず、行動だけは早い私たち。

何が食べたいかなんて決めず、とりあえず繁華街まで行こうと車を出してくれる。
彼の車はミッション車でエンジンの音や振動が重く、私のオートマ車には感じない衝動が慣れれば心地良い。
この衝動も何十回と乗っていたら慣れたものだ。ミッション車を乗りこなす彼をみて、相変わらず横顔は綺麗だなと眺めながら、彼の安心感に包まれた車内で寛いだ。

夕ご飯も中盤に差し掛かり、彼は車を出したから呑めないと駄々を捏ね始めた。私の車で来たら良かったねと言うと、ミッション車の免許取れば?と提案してきた。いつもの流れだ。
彼は必ずそう言い、私に運転をさせようとしない。

友達には、それは愛だぞ、と言われたが心配性なだけだろう、きっと。私の方が2つ年上なんだから、乗ってる年数では私の方が長いのに。
それに、私はアルコールを呑まないから都合良いのに。

「ねぇ、ちょっとコンビニ寄りたい」
そう一言伝えてくる少し前に、彼は一番近い場所へと、右行きのウインカーを出していた。
ああ、お酒買うんだな。そう思いながらも、その事は告げずに、はい、と独り言のように伝えた。

温かいとはまた違う、もう2年にもなるこの関係を深く理解している私は、助手席から空を見上げ、月を眺めていた。




店内では最近流行りで、懐メロと言われるラブソングが流れている。
私と彼は鼻歌を口ずさみながら、店内をウロウロする。どうせビールの前で止まるだろう、そう思いながらも、彼の左腕にぴたっと捕まりながら、まるで定員に自慢するかのように歩いた。

あ、曲が変わった。
そう思った時には何の題名かが分からなかった。
「これにするけど、何か他に買う?」
そう尋ねられたが、私は正直そんな事よりも曲名が何だったかを思い出すことに必死だった。

彼は自分の左腕にある私の手を握り、腕ではなく左の手のひらへと握り直した。
驚く私を見て、「他に何か買おうか?」ともう一度にこっと笑いながら話してくれた。
曲中の単語として出てきた"バニラアイス"を食べたかったが、夜だし控えようと止め、私は要らないと答えた。


私は結局、曲名が分からずモヤモヤしていた。もう少しでサビだったから思い出せそうだったのに。
そう思いながらも車内へ乗り込み、シートベルトを締める。帰る先は私の実家。ここから5分もかからずに着く。

彼はシートベルトを締めた後、珍しく私の前で携帯を触り出した。
携帯を持ち歩いてはいるが、触る姿を私は殆ど見た事がない。そもそも携帯を置いてお手洗いでも何でも行くから、勝手に覗いても良いんじゃないかとまで思った事がある。


めずらし。
そう思いながら、私はまだ出発しないのかと短気な事を思っていた。


〜♪

突然鳴り出す車のオーディオ。ああ、携帯で車内の曲を操作していたのか。そう理解した瞬間、あっ、と声が出た。

私がモヤモヤしていた曲だ。

「これ、俺の好きなアーティストの曲」

それだけ伝えられ、彼は私の心まで乗せて走り出した。
何だろう。ほっとする。ただ、曲名は思い出せない。



間も無く家に着く。馴染みの道路に出てきた時に、彼はふと聞いてきた。

「年に何回満月が訪れると思う?」

そう尋ねられた時、私は知らないふりをした方が良かったのだろうか。

「単純計算して、毎月の月末に満月を見るから12回じゃない?」

そう正解を答えて、彼を驚かせてしまった。私は夜空を見るのが好きで、よく空を見上げる。しっかり考えた事は無かったが、そうだろうなと簡単に答えが出てしまった。
彼からしたら可愛くなかったかも知れない。

エンジンで温まるはずの車内は、冷え始めた。

え?地雷だったか?
え?

そう思いながらも、よく分からない男心をよそに、問題になった月を見上げた。



あと20歩もしたら家にたどり着く辺りで止まり、
「じゃあね、ありがと」そう伝えて、私から手を振った。
次会う約束はしない。これが2年も続いている。そして彼が好きなアーティストという情報だけは分かったが、結局分からない曲名だけが後腐れが残った。

家に帰ったら調べよう、そう暢気に思いながら、何故あんな問題をしてきたのだろうかと考えた。


満月は、月に一度しか現れない。

おいお前のせいだぞ、と文句を言いたくなり夜空を見上げたが、すぐに心が落ち着いた。

あー今日、綺麗な満月だな。

ふと、そう思った。





え?あ、今日満月か。

ずっと見ていたはずの月が満月だったとは今、気づいた。彼に没頭し過ぎて気づいていなかった。私、やばいな。依存しているな。
そう思ったが、それよりも、もしかしたらあの答えは「今日は月が綺麗ですね」と言うべきだったのだろうか。
いや、あれは男性から女性にいう言葉だと誰かに聞いた事があるから違うか。幾ら彼が草食系男子でも、そこは譲らない気がする。
ああもう。

モヤモヤする。

満月が何?月に一度がなに?
確かに月に一度しか会わないような関係だけど、けど、なに?

ああもう。わからん。
こんな綺麗な満月の夜なら、もっと素敵な時間過ごせたんじゃないか。彼の自宅に誘ってくれたら良かったじゃないか。私から連絡したら良いの?
もう。分からないけど。
けど、あの曲が、あの曲がやたらと、ちょっとそういう雰囲気のある……曲…で…。



満月の夜なら/作詞作曲歌い手あいみょん
君のアイスクリームが溶けた
口の中でほんのりほどけた
甘い 甘い 甘い ぬるくなったバニラ

横たわる君の頬には
あどけないピンクと更には
白い 深い やばい 神秘の香り

もしも 今僕が
君に触れたなら
きっと止められない最後まで

溶かして 燃やして 潤してあげたい
次のステップは優しく教えるよ
君とダンス 2人のチャンス
夜は長いから
繋いでいて 離れないでいて



チョコレートに牛乳


思い出した途端、私はポケットから携帯を取り出していた。

「次の満月まで待てないんだけど」

この関係が終わり次のステップに進む事を祈って、送信ボタンを押した。


私って肉食系女子だったんだな、そんな事も思って。




実際に、この質問をされて、この返答をしましたが、なんて言ったら良かったから今でも分かりません。この小説自体はフィクションです。

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