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心に平安を得るために

神様のことを念ずる事、思う事をズィクルと言う。
その利点は:
神様に思ってもらえる。
神様の赦しを得られる。
悪魔を遠ざける。
ということを前回まで書きました。

こんにちはファーティマ松本です。

神様のことを口に出して念じたり、
心の中で想ったりすることって、ホント凄いことなんですよね。

今回はズィクルの利点の第3回目になります。
ズィクルの利点はびっくりするほどたくさんあります。
それでは、
早速行きましょう。

今回の利点もかなりすごいです!!
即効性があって、目に見えやすいという特徴あり。

それは、、、

神様をズィクルすると、なんと!
「心に安らぎを得られる」そうなんです。
クルアーンの中で神様はこうおっしゃっていますよ。

『アッラーを唱念することにより、心の安らぎを得られないはずがないのである。』
(クルアーン 13:28)

そうなんです!
私も嫌なことがあった時には、よくこれ使います。
子供が思うように動いてくれない時とか、ダンナさんの言葉にムッとした時とか
いろいろな時によく使っています。(汗)
そーんな実体験から自信を持って言えることは
「本当によく効きます!」

心の中で必死こいて
「アッラーフアクバル(アッラーは偉大なり)」とか
「アルハムドリッラー(アッラーに感謝と讃えあれ)」とか
言っていると、不思議と心が落ち着いてくるんですね。

どうしてだと思いますか?

神様を讃えたり、想うこと(すなわちズィクル)というのは、
心にとっての栄養だからなんですね。
私たちの体もビタミンやらミネラルのような栄養素が足りなくなると、
疲れたり、怒りやすくなったりするではないですか。

人間の体が食物を栄養として必要としているのと同様に、
人間の心というのは神様を想うことを栄養としているんです。
つまり、ズィクルって心が生きていくのに必要不可欠なものなんです。

預言者さん(平安あれ)はこんな事をおっしゃっいました。

「人間にとってズィクルとは、魚にとっての水である。」

魚が水無しでは生きていけないように、人間も神様のことを思わずは生きていけないそうです。

預言者ムハンマドさん(彼の上に平安あれ)はこうもおっしゃいました。

「アッラーを唱念する者としない者の違いは、生きているか死んでいるかの違いである。」

アッラーを唱念する心は生きていて、していない心は死んでいるようなものだそうです。

もちろん、心臓はズィクルしようとしなかろうと、ちゃんとポンポンと動いていますよ。
そして血液を身体中に送って、栄養を行き渡らせています、フツーに。
しかし、、精神面での心臓(心って言った方がいいですね)は、
日頃とっている食べ物からは、栄養は取れないのです。
(かわいそうに!)
では、生きていくのに必要な栄養が取れていない心というのは、どんな感じだと思いますか。
虚しさ、絶望感、不満、不安、孤独感、などに苛まれている心だと思います。

では、ちょっとここで、人間の各器官の事を考えてみましょう
例えば、目。
目という器官を使って”喜びを得るため”には、何をすればいいと思いますか。
やっぱり、きれいなものやかわいいものなどを見ることがいいですよね。
赤ちゃんとか見ると、私なんか一挙に舞い上がっちゃいますよ、嬉しくって!

舌なんかはどうでしょう?
やはり美味しい物を食べることによって、舌での満足感、喜びを得られます。

耳だったら、やっぱり良い音を聞くことが、
耳を使って喜びを得る唯一の方法でしょう。
ちなみに、音楽は耳に心地がいいかもしれませんが、
これは避ける方がいいと思います。
(これには反対意見の人多いと思うけど、、、)
なぜなら、音楽というのは聴き終わった後もずーっと頭の中に残っていて
ついつい口ずさんでしまうでしょう?
気付いたら歌っていた!みたいに。
それは、神様のことを想うことを妨げてしまうと思うんです。
だから私は音楽聞きません。
ちなみに音楽というのは、
悪魔のクルアーンとか悪魔のアザーンとかと言われています。
(アザーンとは、礼拝の始まりを知らせる合図のようなものです。)
どっちにしろ、音楽って悪魔が喜ぶものなんです。
もちろんクラシック音楽なんかも含まれちゃうんです。
(これ、ものすごい反論ありそうだなあ!)

では、では、本題です。

心を使って喜びを得るにはどうしたらいいでしょうか。
素敵な洋服でしょうか?
山と積まれたお金でしょうか?
それとも、社会的な地位でしょうか?
いやいや、
それらがいくらあっても、心に平安て訪れてくれないんですよね。
それは、有名人が麻薬に手を出したり、自殺をしたりするのを見ればなんとなく
わかりますよね。
虚しさを心に抱いている人が、どんだけ買い物をしたところで
その虚しさは埋まりません。
どれだけ高級料亭に行って食事をしたって、
やはり、虚しさは癒せません。

いつだったか、どこかのテレビ局で韓国出身のアイドルの家を拝見する番組をやっていました。
彼の家には何台もの高級車が置いてあるし、家具も洋服ももちろん食べ物も最高級のものばかりなんですが、
そのリビングに座っている彼が言った言葉が
「あー、虚しいなあ!」
でした。
高級車や高級家具が悪いのではないのです。
買えるんだったら別に、ドンドン好きなだけ買ったっていいわけです。
問題は、
そういった物では、心の栄養にならない、ということです。

心を喜ばせる唯一の方法というのは、、、、
そう、
「神様のことを想うこと」だけ、なんです。

『アッラーを唱念することにより、心の安らぎを得られないはずがないのである。』

そうです、神様のことを唱念することによってのみ、心は安らぎを得られるのです。
虚しさや不安から初めて解放されるのです。

お金がなくても、きれいな洋服がなくても、社会的地位がなくても、
持ち家がなくても、健康に問題があっても、子供の出来が悪くても
神様の事を思い、神様に近づこうとしていれば、
必ず心に平安が訪れることと思います。

ズィクルの素晴らしさについては、
まだまだ続きそうです。

今日もお付き合いいただきましてありがとうございました。
みなさまに神様からの祝福がたくさんありますように!
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レビューを書いてくださった方々、本当にありがとうございました。

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