見出し画像

静かな体育館

 朝九時が集合時間で、今は八時くらいで、用心して家を出たので十分間に合う見込みだった。
 用を足すのに大学校舎の中をあちこち探し回った。既に建物の奥まできており、目についた青く狭く重そうなドアを試しに押してみた。中には誰もおらず、半円を描くようにタイル張りの個室が並んでいた。
 手前のひとつに入ると、中央に地下八十センチほどの穴が掘られていた。その穴の周囲には新聞紙がびっしりと貼られており、底には布で蓋をされた甕が二つ置かれていた。
 これは間違ったところに入ってしまったと、脇をみると隣の個室と縦長の狭い通路でつながっていた。便器が見えたので、通路をくぐって隣の個室に入ったが、扉が壊れて傾いており、数名の人影があったので、その部屋から出ることにした。
 入ってきた部屋の青く重いドアは見つからず、円の逆側に来てしまっていた。外に面した薄汚れたすりガラスを開けてみると、狭い廊下になっており、そこを辿っていくことにした。
 時刻を思い出し、既に九時を回っていることがわかった。約束した連中は別の場所に移動することになっていたので、その先で合流しようと考えた。彼らの何人かもこうした場所で迷っているかもしれなかった。
 辿ってきた廊下の先は静かながらんどうの体育館で、広い視界と床の光沢でうきうきした気分になった。二名の男の子がバスケットボールで遊んでいた。父兄参観に連れられてきた子供のようで、授業中なので自由になっているのだろう。ボールをリングに投げていたが全く届く様子がなかった。
 子供であれば、お手洗いの場所を簡単に答えてくれると思い、手前の受答えができそうな子に聞いてみると、彼はもう一人の子と話して案内してくれるということだった。お兄さんの授業中にこの建物の中を冒険したいのだろう。そして私を案内するという言い訳ができたのだ。
 二人は似たような服を着ていたので兄弟に見えていた。体育館はいくつかの通路がつながっていたが、入ってきた廊下よりも狭い通路に入っていった。子供らはするりと入って消えていったが、私は服が擦れるような感じを覚えた。ここで地震があれば、壁に押しつぶされる恐怖があった。
 子供らと手を握らないと位置関係がわからなかった。手を伸ばすと握り返す手があり、私は握り返した女の顔をなんとか見ようとしたが、彼女は進行方向から振り返ることができなかった。
 女を先導していた二人の子供の歓声が聞こえ、狭い通路に差し込む光が、上からも降り注いできた。我々が進んできたのは通路ではなく、建物の切れ目だったのだ。服についた汚れには湿った小さな虫の死骸が混ざっていた。二つに分離している建物を見上げ、過去の地割れで精巧な切れ目ができたことを知った。
 時刻は十時を回っていたので急に焦ってきた。女は子供らの母親で、彼らが住んでいる建物の一室が最上階にあるという話だった。そこから目的地まで見渡すことができれば、約束の連中に遠方から合図できると考えた。しかし、その建物には階段というものがなかった。


《狭い通路やトンネルが出てくる作品を紹介します》
静かな体育館 ←上の作品
新たな進化


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?