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小学生に戻った日

 前を走る軽自動車には電柱が二本縦に積まれていた。車の天井から入っていて、地面に届くように突き刺さっている。電気の足りない地方に運んでいるわけだが、運転席も二席あって、親子二人が代わる代わる運転していた。
 赤信号で停車すると、運転席の子供はスルスルと電柱を登り、電柱の先にある赤い旗を固定しようとしていた。長い荷物なのでそうした旗が必要なのだ。軽自動車は青信号で進みだした途端、子供は運転席に戻っており、相当に長いと思われた電柱はニメートル位に縮んでいた。
 私は後続車として運転しており、その親子の車と細く短くなった電柱をみながら、追い越せば、その電柱が引っ張っているはずの電線に絡むことを恐れて、少し離れて走っていた。
 場所は生まれ故郷の田舎になっており、広い田んぼに沿って、親子の軽自動車と二台並べて停めていた。私はその父親と同級生だったので、黄色い稲穂の香りをかぎながら、久しぶりだなあと近寄って行った。彼は運転席にいて、後続の私に気が付いて停まったわけだった。
 彼は小学校の同クラスの遊び友達だったが、名前が出てこなかった。彼のいる運転席はとても高く、私は背伸びしてやっとのことでドアの取っ手に手が届いたが、ドアを開けることができず、私は彼の名前を呼ぶこともできなかった。
 車が高くなるはずはなく、相当な高台で停車していると思い、私は十分にハンドブレーキをかけただろうかと不安になり、自分の車に戻ろうとした。しかしそれは農耕用の複雑な機械になっていて、中に入ることはできなかった。
 彼の子供が田んぼの中に裸足で入っていて、私も裸足になってヌプっとした感触を楽しんだ。田園は静かに水を湛えており、石を飛ばす水切り遊びを始めた。石はシュッシュと音を立てて遠くまで跳ねていった。
 私はそうして小学生に戻っており、先ほどまでの将来の出来事を思い出し、これは水切りの跳ねた回数に紐づいていることを知った。別の回数であれば、別の出来事になるのだが、ここには来ることになっていた。
 友人のお父さんが車から彼を呼んでおり、私も家に帰ることにした。お寺の鐘が鳴って、田んぼの脇においた泥のついたランドセルまで走っていった。ランドセルには細い電柱のような木の模型が飛び出しており、それは縦笛だった。明日は音楽の授業があり、自分で作った縦笛で演奏するのだった。

《思い出風な作品を紹介します》
小学生に戻った日 ←上の作品
ハーモニカと鯉のぼり
上京の頃
亀との日々
朧月夜の河岸
ボイスレコーダーの男④《気になる思い出》


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