これからの自分を信じようと思った話。『ナナメの夕暮れ』『マインドセット』を読んで
「自分は誰かの劣化版ではないか」
ぼくは、よく自分と人とを比べる。そしてよく、自分の劣っているところを見つける。気分は落ち込み、俺はダメなやつだと考えはじめる。これができない、あれもできない。そうやって、いろんなところを比べて、自分は、Aさんの、Bさんの、Cさんの…といろんな人の劣化版なのではないかと思い至る。未来が閉ざされているような感覚となり、途方に暮れて、思考が停止する。
評価を求める。認められたい。能力が高くないと評価されず、認められず、この先もない。評価されないと、この場にいることができない。生きていけない。未来をつかむことができない。
そして、先に進む人、できる人を妬みはじめる。どうして、なぜ、俺ではないのか。どうして、俺はできないのか。俺は、そんなにダメなやつなのか。
ふてくされて、自分の殻にこもる。どうせ、できやしない。どうせ認めてもらえない。そうやって、被害者に浸る。仮にがんばったところで、努力したところで、ダメになるかもしれない。ネガティブな感情が押し寄せて、行動さえ起こさなくなる。
ぼくは、そんな発作的な感情と思考にとらわれてしまう。
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お笑い芸人オードリーの若林正恭の『ナナメの夕暮れ』の「ナナメの殺し方」というエッセイに、こんな言葉があった。
他人への否定的な目線は、時間差で必ず自分に返ってきて、人生の楽しみを奪う。
彼は自己を肯定するために、他者の価値を下げてきた。スタバで「グランデ」と注文することさえ、気取っているのだとバカにしてきた。そういう言葉は、そっくり自分に返ってきて、自分の好きなことも他者の目線が気になって、楽しめなくなっていく。
エッセイの中では、生々しい彼自身の思いがあふれていた。
若林さんの言葉は、人と比べるぼくの思考と同じだった。
人の目を気にしている自分は、自分の劣っているところも見つけるが、他者の価値を下げて、自分の価値を感じようともしているのだ。
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『マインドセット』では、ぼくの考え方が見事に描かれていた。その本では、失敗したらそれでもう終わりだとか、価値の証明を求めるようなマインドセットを「硬直マインドセット(fixed mindset)」と名付けていた。その反対側にあるのは、努力次第で伸ばすことができる、成長し続けることができると信じる「しなやかマインドセット(growth mindset)」だ。
はっきりとみえてきた自分の考え方の癖は、自分自身を苦しめ、行動を狭め、他者との良好な関わりを阻害するものだった。
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醜い自分を見つけてしまって、ぼくはオードリーの若林のエッセイで、ビジネス書で、すこし、涙を流した。つらかった。苦しかった。
だけど同時に、やっと見つけられたことに嬉しさも感じていた。
なんだ、こんなところにいたのか。さっさと顔を上げようぜ。自分は、まだ変われるじゃないか。まだこれからだ、これから始めて、続けて、自分の人生をつくっていこう。そんな気持ちが浮かび上がってきた。
この1年、ネガティブな感情をやっと認めることができてきた。note書かないと次に進めないような気もして、ここ数か月まとまってきたことを書いてみた。
うまくまとまっていないけど、ぼくはすっきり、さっぱりした気持ちだ。
そして、挑戦したいことも、次のnoteで書いてみたい。
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ちなみに、今日紹介した本は、こちら。どちらも、すっごくお勧めの本。
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