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馬-1 東南アジアのロシア人◽︎露風を乗せてマレーの日

Do you like your country?
人の子の問いを受信、風上はロシア


僕の人生で初めてのロシアの友達。モスクワの君、これまでどんな景色を見てきたかい。あたたかな東南の風はどうだい、暑さに弱くないかい。

この旅の中で出会ったロシア人は彼が3人目、東南アジア諸国以外の出身者だとロシア出身の人が一番多い。
きっと君も疑問に思うだろう。2023年12月現在、彼らの母国はウクライナとの戦争真っただ中。北国の戦闘が長期化するほど僕らの感心が弱まるこの時、僕は南国東南アジアで此度の戦争の解像度を上げることとなる。

彼の安全のために個人情報は一切公開せず、東南アジアにわたるロシアの人々についてできる限り記しておく。

マレーシアであった彼曰く、ある程度の金銭を所持し、都市圏で生活するロシア人はほとんど国外に出ているようだ。都市圏とはモスクワやサンクトペテルブルクを指す。「彼」はロシアの会社で働いていたが、戦争を機にロシアの会社のために働くのが嫌になり、バックパック一つで国外に飛び出した。

都市圏の住民である彼に徴兵がまだ及んでいない点は、Twitter等SNSで目にした、「地方出身者から徴兵され、死者が多く出ている」という情報とつじつまが合う。来年、再来年には徴兵の通達が来るかもしれないと顔色を変えず話していた。

東南アジアの国々に安く渡航できるのは日本人に限ったことではない。生活費の安い東南アジアにそれなりの数のロシア人が渡航し、戦争が収まるまでできるだけ長く滞在する計画を実行しているようだ。

私は彼に出会う前、サイゴンで二人のロシア人に出会った。男女ひとりずつ。その時彼らと特に戦争の話はしなかったが、おそらく二人も同じような背景を抱えてサイゴンを訪れていたのだろう。
笑顔で軽快に接する彼らと話す一か月前の私。名前が欧米的で綺麗とほめてくれたあの子。幸か不幸か、僕は彼らと戦争という背景と結び付ける創造力を持ち合わせていなかった。

ロシア国民は一応出国できるようだ。ただし、渡航先の国で国際的な経済制裁の影響を大きく受ける可能性が高い。
お金を下ろせないだけでなく、クレジットカードも使えない。詳しくはわからなかったが彼らは苦労しながら生活している。

例外として、社会主義国であるベトナムは共産党関連の繋がりでお金をひきだせるルートがちゃんと用意されている。おそらく、ベトナムには東南アジアの中でも特に多くのロシア人が滞在している可能性がある。

現在進行形で戦火があがるこの時代。世界中からバックパッカーが集まるクアラルンプール、人々の戦争に対するスタンスも様々だ。

ある夜、カナダに住むパキスタン出身の男とロシアの彼が意見を交わしていた。正確には戦争に関して、パキスタン人が彼を少々サンドバッグにしてしまっていたので、心配して少し様子を見ていた。
パキスタン人はロシア人の彼に「もしお前が首相だったらどうする」「お前がスパイだったらこっちに軍が配備されて巻き込むだろ国へ帰れ(これは不安からくる根拠のない差別)」と何度も問い、納得いかない様子で二人とも少々荒めに言葉を飛ばしていた。片手をバレエのように掲げ、意見を考えながら投げ合っていた。

僕は早口の英語と緊張であまり聞き取れない。もしもの大炎上にそなえ「ちょっと休んだ方がいい」と英訳して表示させたスマホの画面を待機させるので精いっぱいだ。

続いて参戦したフランス人は「革命はどうした。お前たちロシア国民は開戦時に革命しなかったじゃないか。」と言って革命の必要性を説く。革命をおつかい感覚で扱っていたように見えたが原因はお国柄か、彼の性格か。真相はとうにあの日の夜の底。

ロシア人も大方共感していたが、パキスタン人は「俺はそうは思わないね」と火力を一段階上げそうになった。焦った。

なんだかんだ、この口論はなんらかの流れで日本の文化紹介に移行し、長話の末、それぞれ床につくのであった。

僕はただただ黙ることしかできなかった。くやしかった。
正義と正義のぶつかり合う口論なんて収まるはずがない。
僕は
「国民である前に一人の人間で、戦争は明らかに首相の独壇場で舵などとっくに壊れている。ロシア人の彼に強く言うのは違う」
という意見をはっきり持っていた。英語力不足の不安、敗戦国の歴史、宗教の前提から異なる文化が足かせになる。いつものスパパパハイハイヨ、カンセー!みたいな得意の英会話はどうした。この時僕は地蔵だった。

それから風邪をひいて、過度な感情移入と回らぬ頭に後悔した。ちくせう。ああちくせう。

彼は後日別のトルコ人に「戦争なんだ、母国のために戦え」と言われ、おまけにロシア国歌をYouTubeで流されていた。「僕はこの国歌が好きさ…」とかトルコ人に言われて。

ニコニコやつべで僕らが散々ネタにしている「デーーーーーーーーーーーーーン」の音圧。あれが母国啓蒙活動で使われているのを僕は初めて目撃しちゃったんだ。さすがにこの旅一二を争う衝撃。
(共産趣味と現実は分けていいしソビエトは別の国だから、ネタはネタでこのまま楽しんでくれ)


東南アジアに渡航している、あるいは渡航予定のある日本語読者の君。もし現地でロシア人に出会ったらサンドバッグにはしてくれるな。
一人の人間として、あなたの好みに合う人間だったらお話を楽しんでくれ。そりが合わんかったらそっとしといてやってくれ。
いつもどおりの君でいい。でも1%だけ気にして差し上げてくれたらうれしい。
ちょっと頼まれてくれないかい。

それで、ロシア人が他の国の人に母国へ帰れと真面目に言われる…なんて機会も目にするかもしれない。何も言えなくてもいい。何か言ってもいい。いつも通りのあなたでいてくれ。
ロシア人でも何人でも落ち込んでてあなたが励ましたいのなら、メモでも言葉でも後からでいいから渡してやってもいいかもしれない。日本語でも構わない。握手でも。
それで伝わるものが確実にあるから。

優しい笑顔で「君は自分の国が好きかい」と僕に問うたロシアの彼が、少しでも自由に生きられますように。

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