時代に翻弄されながらも、、、。読書記録 水曜日の凱歌
読書記録 水曜日の凱歌
乃南アサ 先生
新潮社
2015年
このところ、穏やかなストーリーを楽しんでいたように思い、少し人間の泥臭い物語を読んでみたいようなきがしていました。
そんな時、偶然に図書館で見つけたのが、この乃南アサさんの「水曜日の凱歌」です。
乃南アサさんは、初めましての作家さんです。お名前は知っていましたが、調べてみたら、私と同世代の方。
なんだかちょっとだけ親近感を持ちました。
そして、乃南先生は他の作品で直木賞も受賞されていますが、この「水曜日の凱歌」は、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞した作品でした。
◎あらすじ
時代は昭和20年、埃っぽい、音のない、がらんどうになった東京から始まる。主人公の鈴子は、母親と避難先でやっと出会えた。
鈴子の家は元は7人家族だった。
運送会社を経営していた父は交通事故で帰らぬ人になり、優しかった上の兄は戦地から小さい箱に入って戻ってきた。姉と小さかった妹は空襲から行方不明。
戦地に行ったきりの兄がもう1人いるが、今、一緒にいるのは母と鈴子の2人だった。
その日、戦争が終わった日は鈴子の14歳の誕生日だった。
母は、これからもう逃げ回らずにすむ、殺されなくてすむと安堵した。
そんな時、住むところも食べるものもない鈴子たち家族の世話をしてくれたのは、父の親友だった宮下の叔父さんだった。
しかし、宮下の叔父さんは軍の仕事をしていた関係で終戦後は占領軍の仕事をすることになり、英語ができる母に仕事を紹介してくれた。
その仕事は占領軍の戦士のための慰安婦達の通訳やマネージメントのような仕事だった。
鈴子は、父の陰になり目立たないように父を頼っていた母にそんな才覚があるとは思ってもみなかった。
そして、慰安所の建設が速くも始まり、鈴子たちは、大森海岸に引越しをする。
間もなく米軍が来日すると治安が悪くなり、婦女子の身に危険が迫るといわれ、鈴子は、、、。
◎気になった箇所
✴︎116ページ
そんなの、いや、と咄嗟に声を上げたかった。冗談じゃないわ。そんなこと、絶対にいや、と。
せっかく戦争が終わったのではないか。
ー中略ー
わずかに顔を俯かせるとすぐにジャキジャキと音がして、鈴子は、真っ白い敷布の上に、切られた髪がバサバサと落ちるのを眺めていた。
ー中略ー
シャツのボタンのつけ方も女物とは逆さまだ。そのボタンを襟元から一つ一つはめながら、ぽと、と畳の上に涙が落ちた。
✴︎✴︎249ページ
うんざり。
分かっている。鈴子はまだ恵まれた方なのだ。,-中略,-
本当はもう二度と食べたくないくらいだ。芋がらやカボチャばかりの食生活なんか金輪際ごめんだと、骨の髄から思っている。
✴︎✴︎✴︎292ページ
これからは、欲しかったらどんどん手に入れればいい。新しく。だって、もう戦争は終わったんだもの。
東京では至るところに独りぼっちになってしまった浮浪児や浮浪者が溢れかえっていて、飢え死や凍え死にする人も後をたたないと聞いている。
やっと戦地から戻ってきた男の人たちでさえ、仕事もなく、帰る家もなく、盛り場をうろついているそうだ。
ー中略ー
けれど、うちは違う。うちは、お父さまも肇お兄ちゃまも死んでしまって、下のお兄ちゃまだって今だに帰ってこないままだけれど、それでも
お母さまがRAAで働いてくれるから、身綺麗にしていられる。
◎感想
✴︎
戦争は命や財産を一瞬にして破壊してしまうものだが、それ以上に長い間、人の心に取り返しのつかない重荷を負わせてしまうようです。
戦場に行かなかった女性たちにもさまざまな戦いがあり、周囲からの圧力があったのだろう。
鈴子の断髪は母にしてみれば、身を守るための最善の方法だったのだが、それは母の都合で治安の悪い都心部に住み続けねばならなかったからだ。思春期の美しくありたいと願う娘には如何に残酷なことだったかと思わず涙してしまった。
けれど、鈴子は母を慕いながらもまた同じ女性として母の仕事や生き方に疑問を持ちながら、自分の将来を見据えた母の指し示す次の道をしっかり歩もうと最後は心を決めたようだった。
鈴子の母は娘を育てるために、自分の許せるギリギリの範囲で仕事をしながら、また必死に自分の生き方を
模索したのだと思う。
女は弱し、されど母は強し、
ってことばがあったけれど、
この本では
女は強し、更に母はたくまし。
ような流れがあったように思います。
時代に翻弄されながらも、真っ直ぐに自分の道を切り開いていった女性たちの物語でした。
さて、これからの時代はどうなるのでしょう。
今できることを探しながら、考えている、そんな日常です。
◎今日も最後までお読みいただきありがとうございました😊
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