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【自己紹介】入学式の後、保健室でお弁当を食べる彼から学んだこと


毎年、入学式に参加する職業。

春は特別。
小学1年の担任になるとなおさら。
新入生の担任として5回目の入学式の日のこと。


粛々とした式と教室での話を終えた。
緊張がとける。こちらも新入生もおうちの方も。
玄関まで案内し、校門付近で記念撮影をする姿を見届ける。

華やかな人並みが去りかけ、職員室に戻ろうとした時、男の子の泣き声が外から聞こえる。

入学式の後にはそぐわない声。
駆けつけると、その声は新入生のRくん。
つい先ほどまで親子3人で記念撮影をしていた。

若いお父さんとかわいいもっと若いお母さんだったから、はっきりと覚えていた。
でも今、横にいるのはおばあちゃん、らしき人。
泣き声に話しかけている。

お弁当あるから、お迎えまで食べて待っていよう。
お弁当食べてたらすぐ来てくれる。
お休みもらって帰ってきてくれるから、と。

おばあちゃんの声は、彼には届いていない。
おばあちゃんの声を泣き声がかき消しているから。

叫ぶ呼吸の合間を見計らって、声をかける。
担任として。

保健室にいってみる?
ゆっくり休めるお部屋だから。

うなずく彼と、お弁当の入ったバックを受けとる。

おばあちゃんは、
すぐ来ます、お母さんが先になるかもしれないけれど、お願いします、と残して急いで校門の外へ向かわれた。

児童玄関から保健室へ。
校長に事情を話す間は保健の先生が間をつないでくれた。
私が保健室に戻った時には、彼は笑顔になっていた。
お弁当があるから。
バックからお弁当を出して、食べようとしていた。

ふたを開けたお弁当箱の真ん中にあったのは、手作りハンバーグ。
煮込んだケチャップソース。
アルミケースに千切りしたレタスがしいてある。
ソースまで美味しく食べられるように。

ぼく、いちばんすきなおべんとうこれや。

美味しそう。誰が作ってくれたお弁当なのかな。

おかあさんとおばあちゃん。
いつもおじいちゃんと、おとうさんと、おかあさんと、ぼくと、おとうとの、ごこおべんとうつくる。

5個も。お母さんとおばあちゃん大変だね。朝からたくさんのお弁当を作るの。

だからおかずはみんないっしょ。
ぼくのハンバーグはちいさいけど、おとうさんとおじいちゃんのは、おおきいのふたつ。
たまごやきはあまったときは、あさもたべる。

ハンバーグにはマッシュしたポテトも添えてあった。手作りの愛情いっぱいのお弁当。

きっと朝から台所は大忙しなんだろうなぁ、さらに小さい子もいるなんて、どんなに大変だろう。

にゅうがくしきだから、ハンバーグいれてくれたのかな。

きっとそうだね。お母さんもおばあちゃんも優しいね。
お母さん、今日これからお仕事だったんだね。
また迎えに来てくれるって言ってたよ。
児童センターに行かないで、ここで待っていようね。

教員の悪い癖。
優しく話しかけるふりをしながら、家庭の様子を聞き出している。

彼から聞いたこと。
小学校に入ったら、放課後は児童センターへ行くこと。
学校の通りをはさんで前にあるセンターには既に3回行ったこと。
そこにいる小学生(彼にとっては上級生)と遊ぶのは楽しいこと。
だから式が終わっても、児童センターに行きたいと、自分が言ったこと。
でもお友だちがお父さんやお母さんと一緒に帰るのを見て、家に帰りたくなったこと。

お弁当箱は空っぽになっていた。
水筒のお茶をコップに飲もうとした時、お迎えの連絡。
お母さんが職場に行ってお休みをもらって迎えに来てくれた。

よかったね、R君、お母さん来てくれましたよ。

うん。

うれしそうな彼。

お母さんと手を繋ぐ。
玄関で見送る。

さようなら、また明日からお勉強がんばりましょうね。

さようなら。またね、せんせい。

手をふって、2人の後ろ姿を見送る。
さあ、私も明日からの準備。
職員室の戻ろうとしたその時、また彼の泣き声が聞こえたような気がした。
というか聞こえた。
2人がまたこちらにやって来る。彼は今度は怒り泣き。

お母さんも泣きそうな顔だった。
玄関の扉を開け、2人を受け止める。

先生、私は子どもが泣いた時に、何て言ってあげたらいいかわからない。

聞けば、お母さんのお休みは数時間だけ。おばあちゃんが仕事から帰ってくる夕方までお休みをもらえたけれど、急だからまた夕方から夜までは仕事に行くことになっていた。

それを知った彼は泣いている。
わかる。

お母さん、もう一度職場に電話して、休みをもらえるようにお願いすることできますか。
R君、お母さんもお母さんの作ったお弁当も大好きですよ。電話の間、待っていますよ。

校舎の角で電話をかけるお母さんの後ろ姿。
しばらくすると、こちらを振り返り、にっこり笑顔。

2人は本当にうれしそうな後ろ姿を私に残した。

それから1年間、彼を担任した。
元気でやんちゃな彼だったが、初日の衝撃を越える出来事はなかった。

お母さんは保護者会には必ず休みをとって来てくださった。
懇談時間にも、よく話をした。
子どもを叱るとき、どんなふうに言うといいですか?とも聞かれた。
素直な若いお母さんだった。

彼が2年になる春。
担任の私は別の学校へかわることになった。

教員には数年に一度は必ずあること。
仕方がないこと。

彼が4年になる春。
彼の両親が離婚したと、耳にした。
弟が学校に馴染めなかった。
お母さんは子どもたちを連れて実家に戻った。
しばらくすると、彼は友達と別れたくないと言って、お父さんの家に戻った。
詳しく知ろうと思えば調べる方法はいくらもあったが、それ以上は聞かなかった。

彼も、彼のお母さんも周りの人も、みんな優しい。優しすぎて、うまくいかない。
教員としてできることは限られているが、できることはしよう。
そう思った日から10年以上たった。

何度も学級担任として春を迎えた。
今は少し離れて、子どもやその環境を整える支援をしている。これからも自分にできることはしていこうと思う。


入学式の後、保健室でお弁当を食べる彼から学んだことを忘れないように。

人の優しさを大切にすること。
大切な人に思いを伝えたいときは、ハンバーグをつくること。

今日の夕食はハンバーグ。
レタスをしいて、ポテトも添えました。

大切な優しい人を思って作りました。

こんな私です。
これからもよろしくお願いします。



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