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第1章 AIを味方につけるには、AIを理解する必要がある

1 AIを敵でなく味方と考える
・AIは、すでに社会を大きく変えつつある
 AI(人工知能)の能力が急速に高まっている。
2011年には、IBMが開発したAIワトソンが、アメリカのクイズ番組で、人間に勝った。また、15年には、グーグルのAlphaGo が囲碁で人間を打ち負かした。
 いまのAIは翻訳もできる。データを与えられて記事を書くこともできる。作曲もできるし、自然法則の発見もできる。様々な分野で、これまで人間がやってきたことを、コンピュータがより効率的に遂行できるようになった。
 AIはこれまでもブームになったことがあり、現在は第3次のブームだと言われる。
 これまで、コンピュータやロボットが代替するのは、単純労働が中心と思われていた。しかし、最近では、コンピュータが知的労働の分野にも進出している。すでに、ビジネスでも広範な分野で利用が広がりつつある。われわれは、いま巨大な変化の渦中にいる。
 この変化がどのような社会を築いていくのか、まだ完全な形で見通すことはできない。ただし重要なのは、いま起きているのがきわめて大きな変化であると、認識することだ。

・AIを敵でなく味方と考えよう
 何事もそうだが、敵だと思えば遠ざかっていくが、味方だと思えば自然に近づいてくる。
 1980年頃から始まったIT革命におけるPC(パソコン)やインターネットが、そうだった。これらを嫌悪し、職を奪う敵だと考えて排除しようとした人も多かった。しかし、排除することはできなかった。それに対して、PCやインターネットを積極的に取り入れた人や企業が発展した。
 AIについても、同じことが言える。
 AIを積極的に使おうとする人や企業は、これからますます生産性をあげていくことになるだろう。他方で、敵と考えて排除しようとする人は、AIに仕事を奪われる。
 だから、AIを敵でなく味方と考えることが必要だ。
 ただし、そのためには、AIについて、最低限のことを知っておく必要がある。
 本書の目的は、AIの専門家ではない人が、AIについて知る手助けをすることだ。

・AIは、われわれの仕事の手伝いをしてくれる
 AIは企業や政府で用いる場合が多いが、それだけではない。個人で使うことができるものもある。例えば、スマートフォンを通じてAIを使うことができる。例えば、アップル(Apple)のSiri(シリ)やグーグル(Google)の音声認識機能だ。誰でも無料で、何の手続きもなしに、すぐに利用することができる。最近では、アマゾンエコーやグーグルホームなどのスマートスピーカーも登場している。
 これらの機能をうまく使えば、生活が大きく変わる。音声入力を用いれば、キーボードを操作しなくともPCやスマートフォンを使うことができるため、これまでIT機器の操作が苦手だった人も、簡単に使えるようになった。
 さらに、セマンティック検索、自動翻訳などを活用して、仕事の能率を高めることもできる。
 仕事の一部を誰かに頼むと、費用がかかるし、一日中使うわけにもいかない。しかし、右のようなサービスであれば、費用はかからないし、24時間いつでも使える。
 昔から口述筆記をさせた人は多かったが、そうしたことができるのは、『ガリア戦記』を馬上で口述したユリウス・カエサル(前100頃~前44)のような権力者に限られていた。しかし、いまでは、スマートフォンを使えば、誰でも口述筆記ができる。
 このように、誰もが日常的な仕事にAIを使うことができるようになったのである。積極的に活用してAIを味方にしよう。


2 「AIが何をやっているか」を理解する
・AIを理解するのは、難しくない
「AIは魔法のような技術で、人間の仕事をつぎつぎに奪っていく」と考えている人が多い。反対に、AIはこれまで人間がやっていた仕事を何でも代わってやってくれるから、今後の日本のように労働力不足が深刻な問題になる国では、積極的に導入すべきだとの考えもある。
 こうした考えのどれが正しいのかを判断するには、AIに何ができるかを、正確に理解する必要がある。そのためには、AIがどのように機能しているかを知る必要がある。とりわけ、AIを味方につけて利用するためには、AIに何ができるかを正確に知っておく必要がある。
 では、AIについて学ぶのは、どれほど大変なことか?
 量子力学や相対性理論を学ぶのは、大変難しい。それらを理解するためには、高等数学に習熟している必要があるし、物理学の基礎を勉強している必要がある。これは大変なことだ。入門書を読んでも、おおよその輪郭を掴むことができるだけで、理論の本質を理解することはできない。
 AIも同じだと思っている人が多い。「機械学習」だとか、「ディープラーニング」だとかいう聞きなれない言葉が登場するので、無理もない。
 しかし、その原理は簡単だ。量子力学や相対性理論を理解するのとは質が違う。ある段階までなら、高等数学は必要ない。四則演算さえ理解していれば、理解できる。
 AIについて、新しい理論や方法を考えだすのは大変なことだ。しかし、それを理解するのは、それほど大変なことではない。
 利用するのでさえ、そうだ。いまでは、分析用モデルのパッケージが多数提供されているので、専門家でなくとも、モデルの仕様を設定するだけで利用できる。大規模なデータを扱うのでなければ、PCでも利用できる。

・従来のコンピュータ利用との違いは、機械学習
 コンピュータ利用のどの範囲のものをAIと呼ぶかは、論者によって差がある(注)。
 最近では、AIブームに乗じて、何でもAIという傾向がある。単なるコンピュータ利用をAIと称する場合も多いように見受けられる。「AIを使っている」といえば信頼されるからだ。だから、注意が必要だ。

(注)これは、「AIが知的か?」という問題とは別のものだ。これについては、「チューリングテスト」というテストが用いられる。これは、イギリスの数学者アラン・チューリングが書いた論文による方法だ。
 判定者と「ついたて」で隔てられた向こう側に、人間と機械(コンピュータ)がいる。判定者からは相手は見えず、会話はテキストだけで行なう。この条件の下で、相手が人間か機械かを判定者の多くが見分けられなければ、「機械が知的である」とみなすのである。

 コンピュータを用いて数値処理をしているだけのことを「AI」というのでは、あまりに広義だ。
 AIが従来のコンピュータ利用と大きく違うのは、コンピュータが自動的に学習することだ。これは、「機械学習」といわれる。
 これまでのコンピュータ利用では、データ処理の方法を、一段階ずつ細かくプログラムしてコンピュータに指示していた。ところが、最近では、そうした手続きの少なくとも一部分を、コンピュータがデータから「学習」することによって、自動的に行なうことができるようになったのである。
 あらかじめ教えられたことだけでなく、与えられたデータによって学習する。それによって賢くなる。これが機械学習だ。
 ただし、「データを与えさえすれば、機械がまったく自動的に様々な情報を取り入れて学習してくれる」というわけではない。第5章や第6章で詳しく説明するように、どのような方法を使って学習するかは、人間が考えて、その仕組みを人間が事細かに決める必要がある。
「学習」というのは、用いられているモデルのパラメータ(係数など)を適切な値に設定することである。
 AIが機械学習をするためには、ビッグデータが重要な役割を果たす(ただし、ビッグデータがなければ機械学習ができないわけではない)。
データサイエンス」は、このような問題を扱うための学問だ。その専門家を、「データサイエンティスト」という。
 データの問題については、第6章で述べることとする。

・AI機械学習のコンペもある
 AIによる機械学習には、様々なモデル(手法)が用いられる。いまでは、機械学習ライブラリ(機械学習のモデルをまとめて、誰でも利用できるようにしてあるもの)があり、諸々のアルゴリズムが実装されているので、分析対象に合ったモデルを用いることができる。
 ライブラリを使って機械学習をさせる人にとっては、モデルの構造を詳しく知ることよりは、パラメータの意味を理解することのほうが重要だ。車のエンジンの構造を知らなくてもアクセルやブレーキの意味や使い方を知っていれば運転できるのと同じことだ。
 インターネット上にKaggle というサイトがある。これは、機械学習を用いた予測のモデルや分析手法を競い合うサイトだ。企業などがデータと問題を出し、データサイエンティストが回答する。世界中で約200万人が登録していると言われている。
 回答を投稿すると、即座に採点され、参加者の順位が出る。データサイエンティストにとっては、そのランキングがステータスになる。企業の側からすると、優秀なデータサイエンティストのリクルーティングに使える。
 Kaggle に投稿されているモデルは、AI応用の具体例だ。これを見ると、実際の分析がどのように進められるか、どのような問題が発生するのか、などが具体的に分かるので、大変興味深い。
 ここにある有名な課題として、Titanic:Machine Learning from Disaster(タイタニック:惨事からの機械学習)がある。1912年に起きたタイタニック号の海難事故では、乗員・乗客合わせて1513人が犠牲になったと言われる。どんな条件の人が助かったかを、データに基づいてAIで予測しようとするものだ。
 興味がある人は、覗いてみると良いだろう。

・「アルゴリズム」と「パラメータ」について
 本書では数学をできるだけ使わないようにして解説しているが、「アルゴリズム」と「パラメータ」という言葉は、使わざるを得ない。
これらは、数学やコンピュータ関連では頻繁に使われるが、日常生活では使わない言葉だ。そこで、これらについて説明しておこう。
 第一は、「アルゴリズム」。
 アルゴリズムを最も広義に解釈すれば、行動を規定する一連の手続きのことだ。
 例えば、交差点でどのように行動すべきか? まず信号を見る。赤であれば渡らない。緑であれば渡って良いが、途中で信号が黄色になったら、急いで渡る。これは、一種のアルゴリズムであると言っても良い。
 通常は、「問題を解く手続き」のことをアルゴリズムと言う。とくに、数学的な問題を解く手続き、とりわけ、それをコンピュータによって解く手続きを指す。
 その手続きにしたがって計算を進めていけば、必ず解が得られるような手続きだ。その意味で「公式」という概念と似ているが、必ずしも通常の公式のように簡潔な形をしているわけではない。
 また、「解の候補を一つずつ確かめていく」という方法は、アルゴリズムとはいわない。
 例えば、素因数分解には公式がなく、どの数で割れるかを一つずつ確かめていく必要がある。このため、「素因数分解のアルゴリズムはない」といわれる(ただし、現在までのところ見出されていない」ということであり、将来見つかる可能性は否定できない)。
 アルゴリズムは、コンピュータのプログラムの形で書くことができる。
 「アプリケーション」(アプリ)も、似た概念だ。これは、特定の作業を行なうために使用されるソフトウェア(コンピュータのプログラム)である。文章を書くためのエディタやワープロのソフト、表で計算するための表計算ソフトなどがある。これは、PCが動作するための土台であるOS(オペレーティングシステム)との対比で用いられる。OS上でアプリケーションソフトが動作するのである。
 第二は、「パラメータ」。この言葉は、用語辞典などでは「媒介変数」とか「補助変数」と説明されることが多いが、これではかえってなんのことか分からなくなってしまう。
 「数式の係数などだ」と説明するほうが分かりやすい。例えば、図に描いた直線は、数式で表すことができる。この場合、直線の位置や傾きなどは、直線を表す数式の係数によって変わる。これらが「パラメータ」である。
 パラメータを変えれば、直線であることは変わらないが、位置や傾きは様々に変わる。このように、モデルの一般的な特性を決めたあとで、その具体的な形を定めるのがパラメータだ。
 あるいは、統計分析で、ある変数の分布の状態を、例えば「正規分布」という形だと規定したとする。この場合、具体的な分布の形は、平均や分散(広がり)などをどう決めるかで異なるものとなる。この場合には、平均や分散が「パラメータ」だ。


3 AIは万能のロボットではない
・汎用AIでなく、特化型AIしかない
 多くの人は、AIと聞くと、万能のロボットを想像する。
 しかし、現在存在するAIは、すべてのことをできるわけではない。AIができることは、きわめて限定的だ。
 これは、汎用AIと特化型AIとして区別される。「汎用AI」(General AI)とは、人間のあらゆる感覚とあらゆる判断力を持ち、人間と同じように(場合によってはそれ以上に)考え、仕事を遂行するコンピュータだ。
 これに対して、「特化型AI」(Narrow AI)とは、特定のタスクについて、人間と同等に(あるいはそれ以上に)処理することができるコンピュータだ。
 多くの人がAIについて持っているイメージは、汎用AIだ。
 汎用AIのイメージが広がった大きな理由は、機械学習で「コンピュータが自動的に学習する」という点にある。
 また、SFや映画に登場するAIが汎用AIとして描かれていることの影響もあるだろう。例えば、映画「スター・ウォーズ」の「C-3PO」は、汎用AIだ。C-3POは人間に友好的だが、人間に敵対的な汎用AIもいる。例えば、映画「ターミネーター」に出てくるスカイネットのようなものだ。
 しかし、人類は、そのようなAIを、少なくとも現時点においては造り出していない。将来において造り出せる可能性は否定できないが、確実にできるとはいえない。
 これまでに人類が作り上げたものは、「特化型AI」でしかない。つまり、AIができることは、きわめて限定的なタスクなのである。そして、いかなる仕事をどのように遂行するかは、人間が指定する。「問題を解決してくれ」と頼めば自分でやり方を工夫して対処してくれるC-3POのようなわけにはいかないのだ。

・特定の分野では人間より優れている
 しかし、だからといって、「AIの影響を軽視して良い」ということにはならない。限定化されたタスクについては、人間より遥かに高速に、正確に仕事を遂行してくれるからだ。
 AIが人間以上の能力を発揮し、人間以上の効率で働いてくれる分野がいくつもある。そして、以下の各章で述べるように、そうした分野が急速に拡大しつつある。
 こうした分野の仕事について、人間がAIと競っても意味はない。それは、人間より速く走ることができる機械(自動車や電車)と競走しても意味がないのと同じである。競争するのでなく、それらの機械をうまく利用することを考えるべきだ。AIについても、AIが得意な分野について、いかにそれを活用できるかを考えるべきだ。
 だから、「AIが職を奪うから大変だ」と騒ぐのではなく、「AIに何ができるのか」「AIに何ができないのか」「AIの広がりによって価値が高まる仕事は何か」を知ることが、きわめて重要なのである。

・現在のAIに何ができるか?
 現在のAIに何ができるかは、第2章から第4章で述べる。あらかじめ要約しておくと、つぎのとおりだ。
 第一に、「パタン認識」ができるようになった(第2章)。これは、図形や自然言語などを認識し、理解することである。これは、人間がいままでできたことだ。それにもかかわらず、これまではコンピュータがほとんどできなかった分野だ。
 このため、例えばウェブショップで商品の写真を選別・選定する作業は、人間が行なうしかなかった。大量の写真を人海戦術によって処理していたのである。ところが、機械学習の手法によって図形認識が可能になってきた。人間より正確で速くできる場合もある。しかも、人間のように疲れたりしない。
 これによって、人間とのインターフェイスが大きく変わる。そのため、これまで人間が行なっていた多くの処理作業をAIが代替することになるだろう。
 また、自動車の完全自動運転も、近い将来にできるようになる。これが実現すれば、社会の構造は大きく変わる。
 第二に、プロファイリング、スコアリング、フィルタリング、分類などによって、対象を正確に評価できるようになる(第3章)。これは、人間でもできたことだ。実際、これまでも数値評価は行なわれていた。それが、AIとビッグデータの利用によって、より正確に迅速にできるようになった。
 第三は、創造などの高度に知的な活動だ(第4章)。これは、人間にしかできないと思われていた分野だ。この領域にもコンピュータが進出しつつある。

・機械学習は、限定的な場合にだけ有効
 個別の問題に対してどのような手法が適切かは、人間が決める必要がある。機械学習とは、あくまでも手法で用いられるパラメータを決定するだけなのだ。
 現在のAIが判断できるのは、新しい状況が学習したデータと非常に近い場合に限られる(例えば、ガンの画像診断はそれに当たるだろう)。その場合には、人間以上の能力を発揮する場合が多い。しかし、人間のように高度の一般化能力を持ち、まったく新しい状況に適応できるわけではない。
「コンピュータが自動的に学習する」といっても、人間が与えたデータを学習するだけだ。SF映画にあるように、「コンピュータが自動的にウェブを探って、様々な知識を学ぶ」といったことは、(少なくとも現在では)できない。
 AIは、われわれの生活や経済活動にきわめて大きな変化をもたらす。しかし、決して万能の技術ではないことも注意しなければならない。



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