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【書評】先崎学『将棋指しの腹のうち』 読む将のススメ

 将棋。
 今や藤井先生のおかげで、人気は鰻登りです。
 老若男女が楽しめる、最高のボードゲームだと思っていますが、
「駒の動かし方は分かるんですけど、指せないんです」という方が多いのも事実。
 そんな方にオススメしたい。「読む将」になりませんか?

 勝負の世界に生きる棋士たちは、普段何を食べ、何を話し、何を考えているのだろう。その一端を垣間見ることができるのが、今回取り上げる『将棋指しの腹のうち』である。

 筆者の先崎学九段は、将棋界きってのエッセイスト。将棋の実力もさることながら、文章も九段の腕前。
「将棋界」という我々に取っては、非日常の世界を扱うという、そもそもの面白さを抜きにして、ラジオを聴いている感じといいますか、
相槌を打ちながら聞きたくなる、そんな文章なのです。
 取り上げられているお店に行って、棋士の勝負メシを食べたくなることしきり。我ながらミーハーですね笑

第四局【チャコあやみや】p.81より
 まずは目の色が変わる。肉が置かれた瞬間、明らかに皆の目がギラギラするのだ。うぉぉぉぉーーという内なる叫びが聞こえそうな感じである。その場の空気が草原からジャングルになる。四人が同時にナイフやフォークを持つ。あとは肉が消えてなくなるまで雑談は一切なく「うめー」とか「いいっすねえ」などという言葉より口からは出ず、それは野獣の咆哮にも似たものであった。数人の人間が同じ目つきになったとき、その目つきは場を支配し、空気を変える。寿司、鰻、世の中にご馳走と呼ばれているものはあまたある。しかし、肉の塊ほど男の目つきを変えるものはないだろう。ヒトが、まだ完全に人間ではなく、ホモ・サピエンスに近かったころ、狩りで生活していたころの時代の空気を私はいつも感じていた。それが見たくて後輩を誘っていたと言っても過言ではない。
 あるいは棋士だから、ということもあるのかもしれない。棋士はおしなべて闘争本能が強い。言うまでもなく、勝つか負けるかの世界というのは、やるかやられるかの世界である。


 将棋を扱ったノンフィクションですと、大崎善生さんの『聖の青春』を読んだ方は多いかもしれません。
 名作ですが、それだけ読むと、将棋界は毎日あのようなドラマが起こっているような気がしてしまいます。

 しかし、そんなことはなく、棋士の方も我々とそう変わらない日常を過ごされているんだなと知ることができるのが、この作品のいいところなのかな、と思います。

 作品中、棋士の個人名がたくさん出てくるのですが、そこは親切設計。
章ごとに、その末尾に棋士のプロフィールがまとめてあります。誰かしら気になった先生がいればしめたもの。
 ちなみに、私が好きなのは、渡辺明先生です。将棋は強いし、解説の時はサービス精神で溢れていて、憧れの先生ですね。あんな将棋が指せればな。

※おまけ
解説している先崎先生。こちらもべらぼうにうまい。


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