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晩秋の大仕事!干し柿作りで秋を感じる

干し柿の産地で知られる佐賀市で「柿むき大会」開催というニュースを見た。

小中学生が皮むきの速さやむいた皮の長さを競う大会だ。

私も小学生のころから、果物ナイフを持たせられ秋になると大量の柿の皮をむいていた(←真冬になるとリンゴに変わる)

当時は自宅の表と裏に2本、畑に1本の柿の木がありそれはもうたわわに実っていた。

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なぜ柿の木ばかり3本も植えたのか?
じいちゃんの話によると

桃栗三年柿八年といって柿がなるまで8年かかるものの、立派な柿の木がなれば特に手間暇かけずとも、秋になるとたくさんの実をつけてくれる。
じいちゃんが小さい頃は砂糖は高級品で、甘いものがほとんどない時代。
ちょっと焼酎につけて数週間待てば甘い柿がたらふく食べられるから、柿は手軽に食べられる果物としてどこの家も柿の木を植えたのだそうだ。
しかも「柿が赤くなると医者が青くなる」
ということわざがあるほど、栄養価が高い柿。
冬場の糖分補給にかなりの役割を果たしていた。

そんな重宝がられていた柿の木だが、昨今は食が豊富になり、わざわざ渋柿をとって、焼酎につけて甘くするなんて面倒なことをしてまで食べようという人がいなくなったのかどんどん柿の木は切り倒されていった。

切り倒すのも面倒という家は、柿の木は残すものの一つも取らずにカラスの餌になっているところもある。

私の実家は枯れ葉の片づけが面倒なのと、畑を手放したため、家の裏の柿の木が1本だけ残る。

樹齢50年近くなる実家の柿の木は、さすがに老木になりつつあり、毎年たわわに実らなくなってきたものの今も現役。

コロナ蔓延と時を同じくして、昨年は超不作でカラスにあげる柿がないくらい実らなかったのに今年は枝葉を広げ縦横無尽に鈴なりのように身をつけ枝が折れそうなほど。昨年ならなかった分、栄養分が有り余っていたのか。

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ひとまず太陽がさんさんと照り付けるてっぺんのほうから熟してきてしまうため、老体に鞭うち、はしごに登って収穫。

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腰につけた籠がすぐに重くなり、はしごを登ったり下りたり。

とってもとってもなかなか減らない柿にげんなり。

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しかし、貴重な秋の恵み。残らずとって冬に備えなければならない。

といってもこれらすべて渋柿。
そのまま食べたら口の中が恐ろしいほどしわしわになり、味覚障害に陥ってしまうほどの渋さ。

そんな渋柿を甘くする魔法のようなものが、その名もしぶぬき職人

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秋になるとスーパーの一角にこれでもかとずら~~~~りと並ぶ。

こちらの職人さん、名前に負けず本物の職人。

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今でもからくりがよくわからんのだが、こちらの職人をボールに入れて、ヘタの部分に職人をちょいとつけ、ビニール袋にいれてぎっちり密封すること2週間前後。

たったこれだけで甘い柿に仕上がるのだ。
不思議すぎる。

ちなみにヘタだけにつけるのがポイント。
身につけるとぐっちゃぐっちゃになるのでご注意を。

とろける甘さに仕上がってしまうため、ついつい2~3個食べちゃいそうになるのをぐっと我慢。というのも柿を食べすぎるとお腹がぴーごろごろになるのでこれまた注意なのだ。

とはいえ、柿をさわしてそのまま食べるのにも限界がある。

冬場の間ゆっくり柿を楽しみたいと昔の人が考案したのが干し柿。いやほんとよく考えたものだ。

干し柿を作るポイントは枝をキレイにカットすること。

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うちは枝が縦横無尽に伸びきっているため、このときとばかり枝ごとばっさりのこぎりで落とし、後からハサミでチョキチョキ整える。

そのあとは佐賀県の小学生じゃないが、ちびっこのころから鍛え上げられた柿の皮むきをひたすら続ける。切れることなく柿の皮をこれでもかとうす~く切ると得体のしれない達成感に満ち溢れる。
ナイフを持っている手にあまり力をいれず、親指をスムーズに動かすのがコツ。そうすると身をそぐことなくうす~くむける。
まあ、こんな特技は何にも役立ってはいないが・・・

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キレイにむいたら、等間隔に紐につけていく。

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最後に日陰につるして出来上がり。

柱にちょこっと見える絵は昔、ゆきんこがペンキで書いたいたずら書き。
たまに柿を一つずつもみもみしてあげるとだんだん水分がぬけて、茶色になり小さくなっていく。そのままぶら下げているだけでも甘くなるがもみもみすると愛情が注がれるからかさらに甘味が増すそうだ。

雪がちらつき始め本格的な冬が始まる前に家の中に取り込み、冬の間
ひとつずつ大事に食べていく。

ちなみに真っ白になったとしてもカビではない。糖分が白くなって固まっているのだ。(←カビだと思って取り除いていたバカ)

柿といえば、そんなに俳句に詳しくない私でも知っている正岡子規の句
「柿食えば 鐘がなる鳴り 法隆寺」

これを始めて教科書で見たとき、情緒なんか感じ取れない子だったので

法隆寺なんて由緒正しい寺で鐘の音を聞きながら柿を食べるとは、なんとも贅沢なお人だこと。

とほんとアホなとらえ方をしていたのを思い出す。


秋の季語「柿」を冒頭にもってきて、しみじみと秋の訪れを実感しているが正解。

と茶色くなってきた干し柿をみて秋が終わるのをしみじみ感じる11月下旬。

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