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SaaS企業でブランドをデザインしながら考えたこと

三宅佑樹 / Yuki Miyake

こんにちは。ユーザベースでデザイナーをしている三宅佑樹( @Yuki_Miyake )と申します。

私は2019年5月にユーザベースに入社して以来ずっと、同社のSaaSプロダクトの1つである、B2B事業向け顧客戦略プラットフォーム「FORCAS」のBX(Brand Experience)デザインを担当してきました。2017年5月のリリースから約2年が経ったタイミングでJoin。BXデザイナーとして、ARRが6億円から19億円(2022年6月末)に成長していく過程に関わってきました。

その間、リブランディング、ターゲットやプロダクトコンセプトの変更、組織体制の変化、そして大小様々なデザイン上の挑戦や工夫がありました。この3年4ヶ月の経験を振り返り、「SaaSのブランドをデザインする」ということについて、日々の実践を通じて考えたことについて書いてみたいと思います。

SaaS企業のブランディングやデザインに関心のある方に読んでいただければ幸いです!

デザインの力で「憧れ」をつくる。

以前書いたnoteでも触れたことですが、UIデザイナーが巧みな情報設計によって複雑な情報をシンプルに見せ、使いやすさを向上させることでユーザーに明確な便益を提供できるのと比べて、SaaS企業においてBXデザイナーが提供できる価値は一見分かりづらく、自分たちの存在価値に自信を持ちにくい要因になったりもします。

そんな中でも、比較的分かりやすく提供できる価値の代表例が「信頼性」の醸成です。「この会社は本当に信頼できるのか?」「こんなに高い利用料を払う価値があるのか?」といった不信感の払拭あるいは軽減を、秩序立った見やすいレイアウトやバランスのとれた配色、適切な書体選定などによって実現させます。

その次に挙げられるのが、「憧れ」の醸成です(他にも「ブランドに個性を与える」などがありますがここでは割愛)。

toC向けのブランドと比べるとtoBでは「情緒的価値より機能的価値」が購買判断に与える影響が大きいため、「憧れ」の醸成が価値になるという実感が湧きづらいものですが、実は「人材の獲得」という側面で非常に大きな効果をもたらすと私は考えています。

マーケティングチームのメンバーからのSlack

今年FORCASのマーケティングチームにJoinしたマーケターも、以前からFORCASのデザインに注目してくれていたようで、それを知ったメンバーが上記のような嬉しい報告をしてくれました。

高品質なデザインを展開することによって「先端を切り拓いている」「挑戦的な会社である」といったイメージを醸成することは、デザイナーに対してはもちろんですが、感度の高い優秀なビジネスパーソンを惹きつけることにも繋がると言えるのではないかと思います。




「普通」ではブランドにならない。

"ビジネスというのは、差別化ですよね。"
これは、『ハーバード・ビジネス・レビュー』元編集長の岩佐文夫さんが石川善樹さんの著書『問い続ける力』の中で言った言葉です。この言葉を見た時、「至言だな」と感じました。

この言葉はブランドについてもまさしく当てはまります。牛を他の牛と識別するために押した焼印に由来するという語源どおり、ブランドは「他と違う」からこそブランドになるのであって、「普通」ではブランドにならないのです。

最初は抵抗を感じた(笑)「SaaSこたつ会」のバナー

関連事業のNewsPicks Stage.で、昨年の年末に「SaaSこたつ会」、そして今年8月には「SaaSゆかた会」という番組を放送しました。

集客がFORCAS名義で行われたため、私が各種グラフィックまわりのデザインを担当したのですが、特に「こたつ会」の時は、こうしたネーミングの企画も初めてだったのでとても困惑しました(笑)。

発案者でSaaS事業のマーケティングを統括する執行役員CMOの酒居のオーダーの中にも、FORCASの普段のトンマナとは相容れなさそうな「こたつ」「みかん」「筆文字」といったワードが並び、自分の中でこれをどう受け入れたらよいか、当初はなかなか整理できなかったのです。

「放映後しばらくしたらLPをクローズするかどうかの判断を任せてもらってもいいですか?」と相談したくらい、少し抵抗がありました(こたつ会のバナーがFORCASのサイトに残ったままになるのが最初はちょっといやで..(笑))。

しかしその後、色々と考える中で、ふとファッションのハイブランドのことが頭をよぎりました。カルティエがキャンペーンの一環でコンビニ(「カルチエ」)を作ったり、ルイ・ヴィトンがサッカーボールを作ったり、有名ブランドというのは時々「え??何やってるの?」と思われるような突拍子もないことをやります。

話題になって注目を集めることや、伝統を守る一方で「攻め」の姿勢も表現することなど、様々な意図があってのことだと思いますが、ブランドの人気を何十年も保ち続け、人々から愛され続けるためにこうした取り組みを行っています。1つ大切なことは、その突拍子もないことを、「圧倒的なクオリティでやる」ということだと思います。

先月8月に放送した「SaaSゆかた会」は古民家を舞台に撮影が行われ、弊社の狩野比呂が中心になり、映画や広告CMのような映像クオリティを目指して番組が制作されました。SaaS企業が自社でこのような番組を企画し、制作まで行うのは異例とも言えることなので、SaaS界隈の方からとても多くの反響をいただけました。

古民家を舞台にSaaSビジネスをテーマにした番組を撮影。
独特の世界観で多くの反響をいただいた「SaaSゆかた会」

番組のような大掛かりな企画の時だけでなく、普段のセミナーのバナーデザインにおいてもこの考えは同じで、例えば青は青でも「いかに他社が使わなさそうな青色にするか」、グラデーションはグラデーションでも「いかに他社のバナーでは見ない風合いのグラデーションにするか」ということを考えて制作を行っています。

"ビジネスは、差別化である。"
"「普通」では、ブランドにならない。"

FORCASのBXデザインに関わるようになってからより強く意識するようになったことです。



全体は細部の集積である。

ブランドイメージのうち、営業やカスタマーサクセスといった「人」の対応によって培われる部分を除くと、残りの多くはデザインによって醸成されるといっても過言ではないと思います。

1つ1つの制作物のデザインから受けるイメージの集合体がブランドイメージとなっていく。その1つ1つの制作物は、1箇所1箇所の細部から構成されている。

逆に言えば、「1箇所1箇所の細部がブランドイメージを構成している」ということになります。

綺麗な例えでなくて恐縮ですが(笑)、家の埃(ホコリ)を想像してみると分かりやすいでしょう。1日にたまるホコリは全く気にならない、とるに足らない程度の量ですが、それが1週間となり、1箇所だけでなく沢山の箇所に溜まると、「掃除しなくては」と気になるほどの量になります。でもその「気になる」ホコリは、「とるに足らない」と思ったホコリの集積でできたものなのです。

とるに足らないと感じるほどの「細部」も、それが集まれば、はっきりと認識される「イメージ」となる。だから、ブランドをデザインする時に、細部をおろそかにするべきではないと思うのです。



ロゴは神である。

やはりブランドのロゴというのは全てのデザインのベースとなる象徴的存在だと思います。

実際に日々デザインをしていて感じるのは、バナーであれホワイトペーパーであれ、どんな制作物をデザインするにしても、頭の片隅でロゴの「残像」のようなものをぼんやりと意識しながらデザインをしている、ということです。

ロゴは、そのブランドに関わる全てのデザインに影響を及ぼします。また、あらゆる制作物のクオリティは、ロゴの造形の完成度によって良い方にも悪い方にも引っ張られる、といっても決して過言ではないと思います。

FORCASのロゴ
Logo Design: Katsuaki Utsunomiya




プロダクトとブランドのトンマナを一貫させる。

FORCASの場合、私がJoinしてから2年間はBXデザイナーはマーケティングチーム、UIデザイナーはエンジニアのチームと、所属組織が分かれており、デザイン面の連携をとることが少し難しい状況でした。

Joinから2年後に「FORCAS Design Team」が発足し、FORCASを担当するBXデザイナーとUIデザイナーが同じチームに所属することに。

そうした背景も手伝って、従来から課題だった「プロダクトとブランドのトンマナの不一致」を解決しようという動きが起こり、デザイン原則の策定から色・書体・アイコンの刷新まで、BXデザイナーとUIデザイナーが密に連携して取り組むことができました。

その結果として、プロダクトの見た目の印象とBXデザインで展開しているビジュアルの世界観がぐっと近づき、「一貫性のある統合されたブランド」という印象を強めることができました。

SaaS企業、特にスタートアップにおいて、創業初期はデザイナーの人数が少ないことから、BXデザイナーはマーケティングなどのビズサイドの組織に、UIデザイナーはエンジニアの組織に組み込まれるケースは多いと思いますが、プロダクトとブランドの魅力を強めるという観点から、可能な限り早期にデザイナーを同じ組織にまとめた方がよいのでは、というのが個人的な見解です。



自分たちの作った「枠」に苦しみつつ、その枠を押し拡げていく。

Joinして2年ほどが経った頃、リブランディングやバナーデザインのフォーマットのリニューアルを何度か経て、ふと気づけば「FORCASの世界観」が一定出来上がってきたなと感じるようになりました。

そうなってくると、その世界観の完成度をますます高めたい、ブランドイメージをさらに強固なものにしていきたいという気持ちから、FORCASらしいと自分が考える「枠」(シュっとした、落ち着いた上質な雰囲気)の中でデザインを行い、そこからはみ出す表現はなるべく避けたいと思うようになりました(ブランドイメージを確立する上で「決まった表現をやり続ける」というのは有効な手段なので、この考えが間違いという訳ではないと思います)。

「FORCASらしさ」という意味では王道といえるトンマナのバナー

そんな折に、マーケティングチームから依頼されたのが「2人のユーザーさんがFORCASについてぶっちゃけトークを展開するセミナー」のバナーデザインでした。企画趣旨からいって、どう考えてもそれまで自分が考えていたFORCASらしいデザインの「枠」の外にある、親しみやすくポップな表現がマッチしそうな内容でした。

最初は心理的に抵抗を強く感じて、何とか従来の「枠」の中に収まるようにもがいてみたり、セミナーのタイトル(「FORCASって何ができるの?」)についても「FORCASというブランドは『〜の?』なんていう語尾は使わないのではないか」と主張してみたり(笑)、色々と悪あがきをしていたのですが、一方で「こういう企画の需要は間違いなくあるだろうし、これに対応できないのだとしたら、デザイン方針の方に問題があると言えるだろうな」とも思いました。

ポップでありながらFORCASらしさも感じるデザインとは一体どんなものなのかー。
非常に苦慮しましたが、「全体的にすっきりさせ、賑やかにはしない」「色の彩度を抑える」「フォントはポップにしない」「笑顔、手書き、要素の斜め配置によってポップさを出す」といったルールで構成していくことでFORCASらしさとポップさの加減を調整。クールさとポップさをともに感じさせる、FORCASの新しいデザインテイストを生み出すことができました。

完成したポップ路線のバナー

出来上がってみると、あれだけ抵抗していたのは一体何だったんだ(笑)と思うほど、嘘のように違和感なくFORCASの世界観に馴染むバナーになり、自分でも驚きました。

この経験から、自分たちが作った表現の「枠」からはみ出す勇気を持ち、苦しみつつもその「枠」を押し拡げて、とれる表現の選択肢を増やしていくことの大切さを学びました。



デザインの質の維持には強い意志が必要になる。

どんな人でも「修正をお願いする」ということにはどこか気が引けるような感覚を覚えるものだと思います。

「モチベーションを下げてしまうんじゃないか」
「関係が悪化するんじゃないか」
いろんな不安が頭をよぎります。

デザインのトンマナや期待するクオリティ水準について完璧に認識を共有できている相手であれば修正が発生することも少ないかもしれませんが、そういうケースの方が普通は稀で、他者と協働しながら完成度の高いデザインを目指す時、修正をお願いしなければいけない状況にどうしても直面すると思います。

とある展示会のブースデザインを担当した時のこと。
テーブルの上に固定したあるパーツ(表面はシルバーの素材で覆われているが、中身は木材で作られたもの)の天板にスリット状の穴をあけ、上からアクリル板を差し込む、という設計をしました(下写真)。穴の側面には、中の木材の地の色が見えないように白い塗料が塗られていたのですが、その塗料がところどころ剥がれていて、木材の地が見えてしまっていました。

アクリル板の差し込み口の側面に白い塗料を塗っている(修繕後の状態)

遠くから見ただけでは全く分からないようなところです。しかし、来場者がテーブルに立ち寄ってプロダクトの説明を聞いてくださっている時に目に入る可能性は高いなと感じる場所でした。

これが仕様通りであれば、「ここの仕上げはもっと丁寧にお願いします」と伝えればそれで済む話なのですが、私の方でこの穴の側面の仕上げについて特に図面で指定をしておらず、施工を担当してくださった会社さんが現場で気づいて応急処置的に白い塗料を塗ってくださった、という経緯だったため、「剥がれているので直してください」とは言いづらい雰囲気でした。

ただ、「もしブースに立ち寄ったお客様がこれを見たら、『顧客から見えにくそうなところでは手を抜く会社なのか』と思われるかもしれない。それはデザインの話にとどまらず、契約後のオンボーディングや活用支援など、カスタマーサクセスの対応においても同様の姿勢で臨む会社だと思われかねない」と思い、「申し訳ないのですが、この場で可能な限りの修繕をお願いできないでしょうか?」と施工会社さんにお願いをしました。

結果としてはとても綺麗に塗り直しをしてくださって非常に感謝したと同時に、ブースデザインについても社内外から評判の声をいただくことができ、マーケティングの数値成果としても大成功と言える展示会になりました。

ブランドのデザインクオリティを維持する活動というのは、毎日このように言いにくいことを言わなければいけない、できれば避けたくなるような場面の繰り返しです。「他とは違う『ブランド』を作るのだ」というとても強い意志が必要になります。

完成したブース




ブランドは一日にして成らず。

当たり前のことですが、統一された世界観のデザインによってある一定のブランドイメージを構築する作業というのは、一朝一夕にはできないものです。地道にこつこつと積み上げていく作業。それこそSaaSビジネスがMRRを積み上げていく様のようです。

積み上げるのには長い時間がかかるのに、崩れるのは一瞬。1ヶ月でもデザイナーが手を抜けば、その間に作ったクオリティの低い制作物が新たなイメージとなって広まり、それまでに積み上げたブランドへの信頼は失われてしまうでしょう。自分が作るアウトプットがブランドイメージを崩してしまうのではないかという緊張感を常に感じながらも、信頼を維持するに足るクオリティの制作物を作り続け、時には自分たちの最高記録を更新するような優れたデザインを生み出していく。

吐き気がするようなプレッシャーを感じることもありますが(笑)、それがブランドの未来を背負うBXデザイナーという仕事なのかなと思います。そして信頼を積み上げていくのが難しいからこそ、それをやり遂げた暁には、なろうと思っても簡単にはなれない存在=「ブランド」を作り上げることができるのではないかと思います。



いかがでしたでしょうか??

この記事が、SaaS企業のブランドづくりやデザインに関心をお持ちの方たちにとって少しでも何かお役に立つものになっていたら幸いです。

お読みいただき、ありがとうございました!

Text: Yuki Miyake
Cover Design:  Kurumi Fujiwara

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