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リャマサーレス「黄色い雨」

スペインの廃村で迫りくる死を待つばかりの老人を描いたリャマサーレスの中編小説「黄色い雨」。元は詩人として出発した作家だが、断章形式のそれは短く簡潔な単文が連なっていき、あたかも折り紙を小さく折っていくような静謐さに貫かれており、その一文一文が小さな祈りのように感じられる。あるいは祈りとは短い言葉を丁寧に編んでいくことではあるまいか。

死にゆくもの、没落するもの、その忘却と記憶というのは個人的にも好きなテーマであり、ここでの作家の眼差しはそうしたものへの哀切とすこぶる透明な、いくぶん科学的ともいえる、第三の客観的なそれに見え、それが実に得難い透明感を纏っているように思う。死が運命づけられているゆえ、人の生とは燃焼に他ならず、たとえそれが孤独と悲惨さのうちにあっても、燃えていくものだ。その個々の生命の炎に対して決して口を挟むことなく、いわば情熱を取り囲む優しい冷たさで、リャマサーレスは生と死、忘却と記憶とを描いていると、読後の余韻に浸りながらそんなことを思った。

ひとつ紹介しておきたいリャマサーレスの言葉がある。作家は自らをロマン主義者だと任じ、そのロマン主義とは文学とは何らかの目的のための手段ではなく、ひとえに読む、書くという行為そのものが目的である、と。ものを書くことは孤独な行為であり、それは文学周辺の市場とか作家生活やらとは何ら関係がなく、それらはむしろその孤独な行為の妨げであり、ましてやどんなに批評を積み重ねても作品は良くも悪くもなりはしない、というのである。

なるほど、こうした真摯な作家の目があればこそ、滅び落ちていくもの、喪失の淵へ姿を消していくものへの静かな祈りともいうべきいとおしみが湧いてくるのだなぁと、喧しい世間の喧騒に背を向け、リャマサーレスの透明な祈りに耽り、失われた人びとや場所にこんこんと思いを馳せる。

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