見出し画像

第1話 偏見のタネ-偏見の裏には、両親や上司のプレッシャーがある?

小説『高慢と偏見』は主人公エリザベスの両親の会話のシーンからはじまります。
夏目漱石も絶賛したこの冒頭の会話では、彼女がどのような価値観のなかで生きているかがよくわかります。

シニカルすぎる父と、見栄ばかり気にして娘たちの結婚にやっきになる母。
母親は、4人姉妹のなかで姉ほど器量が良くなく、妹たちほど愛嬌のないエリザベスをあまり気に入っておらず、一方で父親は自分に似て現実主義のエリザベスをなにかにつけてひいきしてきた……。
この2人の価値観が、このあと描かれるエリザベスの「高慢」と「偏見」を形作ってきたのです。

今回はこの冒頭部分を
結婚 → 海外でのボランティア
エリザベス→ ボランティアとして海外に赴任したばかりの女性エリ
エリザベスの父→ 主人公に一目おいている、現地のビジネスマンサトウ氏
エリザベスの母→ サトウ氏の妻で、主人公の働くボランティア団体の現地代表
で読み替えてみました。

GDPが日本の10分の1以下の国の人々なら、きっと日本人の支援をほしがっているにちがいないということは、普遍的真理である。

つい今し方、着任したばかりの国で一緒に働く人の気持ちや意見は知る由もないけれど、この真理だけは、希望を持った海外赴任者の人たちの心にどっかりと根をおろしていて、当然自分たちに心の底から感謝するのだと決められてしまうのである。

舞台はある貧しい国の小さな村。この村を拠点にする小さなボランティア団体には、2人の日本人スタッフがいる。

この国に来て2年目、その知識と誠実さに定評のあるジュンコ。そしてつい先月一念発起して日本の商社を辞め、赴任してきたばかりのエリ。
この団体の代表のサトウ夫人の目下の最大の関心事は、このスタッフたちが、立派に現地の人に貢献すること。

そんなある日サトウ夫人は、現地の貧しい青年が、起業をしようとしているという噂を耳にする。


「ねぇ、あなた。今度村の若者が工房をつくること、お聞きになった?」
「へぇ……」

「リアクション薄いのね。どんな人が来たか、知りたくないんですか?」
「きみが話したいんだろう。話せばいいじゃないか」

「なんでもビリーさんといって、身寄りのないとても貧しい青年だそうなの。このあたりのシアバターに目をつけて、近所の仲間にも声をかけてはじめるんですって!」
「で、彼はなにか困っているの?」

「あら、それはもう困っているわよ! これまで事業なんてしたことなんてないはずだもの」
「彼からなにか頼まれたのかね?」

「話が通じないのね! わたしはうちの団体の志にのっとって、その人をうちのスタッフが支援することを考えているんですよ」
「貧しい起業家にのっかって、一旗あげようって魂胆なわけだ?」

「魂胆! ずいぶんひどいこと言うのね!」
「貢献ね……。もっとも先月はいったエリさんという人は見込みがあるから、何かできるかもしれない」

「そうかしら。エリさんは、なにも、他のスタッフより見どころがあるわけじゃないと思うけど。あなたは、何かと言うと、エリさんをひいきにするのね」
「この国にボランティアに来るようなのはそろいもそろって、夢見がちな若者ばかりだよ。みんな日本での自分探しに行き詰まって、途上国 に承認欲求やら成功願望を託したのんきな若者だ。でも、エリさんは、あれで他の人よりは、いくらかビジネス的な感覚があっておもしろいと思うな」

「あなたは、志ある若者たちを、よくもそんなふうに悪く言えますね! わたしをばかにして、おもしろがっているんでしょう。わたしの国際協力への志には、ちっとも共感してくれないのね」


サトウ氏は、切れ者のビジネスマンだったが皮肉屋だった。

これに対してサトウ夫人は、何か気にくわないことがあると、現地の人のせいだと思い込んむような女性で、なにより彼女を満足させるのは、日本からの訪問者の「素晴らしいことをされているのですね」という賞賛の言葉だった。

(解説)
海外で働くボランティア、ビジネスマンといっても本当にいろいろな人がいて、最近では昔と比べてその境目もうすくなってきました。
国際協力のモチベーションもさまざまで、サトウ夫人のような承認欲求をもとに活動している人ばかりでもありません。(個人的に尊敬する人もたくさんいます)

ただ『高慢と偏見』をなぞったことで少し過激になってしまったものの、どこかにまだこのストーリーの2人のように、お互いをばかにしたかんじや偏った思想があるような気はしています。

そして、「現地の人になにかしてあげなきゃ」というサトウ夫人のようなプレッシャーと、「国際協力は古い、こらからはビジネスだ」というサトウ氏のような新しいプレッシャーが、この物語の主人公エリのような海外で頑張ろうとしている女性にはのしかかっていると思うのです。

そのプレッシャーが、エリ自身の高慢と偏見になっていって……という続きは次回のストーリーで!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?