とるにたらない

とるにたらないこと。

この言葉が昔からなんとなく好きです。
とるにたらないこと。
どこでこの言葉に出会ったんだろうと考えると、たぶん、多分だけれど、江國香織さんの書籍だと思います。
江國香織さんの書籍には高校生の頃出会い、その全てに影響を受けました。

当時は村上春樹さんや川上弘美さん、乙一さんや、村山由佳さん、吉本ばななさんなど、たくさんの人気な作家さんがいらっしゃるなかでやっぱりふと暇なときに読みたくなるのは江國香織さんでした。
私の本棚を見ると、彼女の書籍だけは数冊ダブってしまっているのがあり、多分、持っていることを忘れて本屋さんで購入してしまっているものなので、これがいかにやっぱり江國さんが好きなのと、私は読んだそばから読んだことを忘れてしまうほど記憶力がないということを表しています。

そんなこんなで、たぶん、とるにならないは江國さんの書籍で出会った言葉。
意味は、ネットで簡単に調べると「問題として取り上げる価値もない。ささいなことである」とでてきます。

さて、このとるにたらないという言葉ですが、最近の私はすっかりこの言葉を忘れていました。
好きだったことも、その言葉の存在さえも。
とるにたらないことが好きだったのに。
とるにならないことだらけの人生で、とるにたらないことを愛しく感じ、とるにたらない人生を、私は一番大切にしたかったのだということをすっかり忘れていました。
すっかり忘れて、それが故に、息苦しかったのだと思い出しました。

つい半月ほど前から、仕事の整理をして、今はほとんど大好きなen.での活動のみになり心地よい時間を過ごしています。
それで、やっと自分を取り戻したのかもしれません。

私は、なんでも昔からのめり込みすぎる性格で、バランスを間違えてしまう癖があります。好きなものや、好きなことにどっぷりと浸かってしまうんです。
だから、最終話が終わってしまっている漫画やアニメ、ドラマは命取り、寝ずに三日三晩かけて見続けてしまうし、小説は読み終わるまで周りの声が聞こえなくなる。昔本を読みながら帰宅していて、終点の駅まで乗ってしまい、門限に間に合わず「本を読んで降りるのを忘れていた」と正直に告白すると「そんなことあるものか」と信じてもらえなかった苦い記憶があります。
好きなものや好きなことに浸かるのはとても素晴らしいことだと思っています。
ただ、もう、オトナなので、大切にしたいものが増えたなかで、バランスを崩しすぎると、不本意に大切にしたいものを大切にできなくなるんだな、と。


とるにたらないこと が好きなわたしで
とるにたらないこと を毎日考えながら
とるにたらないこと を毎日拾い集めながら
とるにたらない人生を いきて いきたいな とおもいます。


日常写真推しだと公言しておきながら、なんてことを書いているんだと思いながらも、これも、私。と、いうことで。


春ですね。と、いうことで。



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