シェア
武知志英
2023年12月7日 16:37
あらすじ 日本有数のIT企業の吉田社長と社員たちが、同社の社員の母の死をきっかけに『日本の医療の質の向上』にチャレンジする。社員たちは日本の医療のシステム、データなどを調査し、日本の医療のデータやその活用、システムなどにさまざまな課題があることを明らかにした。 その頃、日本の各省庁も日本の人口減少等への危機感から、医療に一層関わっていた。吉田社長は、奇しくも社員の人脈で省庁との繋がりを得て、
2024年7月14日 00:15
第二十一章 五月の空『医療・介護DX推進会議』の発足に向けて 吉田たち五人が『医療・介護・福祉DX推進会議』の発足に向けた話し合いをしていた頃、四大臣もこの推進会議をどのように推し進めていくかについて話し合っていた。 ただし、彼らの論点は、いかにして『医療・介護・福祉DX推進会議』を自分たちの手柄とし、次の内閣改造や選挙で自分たちに有利になるように仕向けるかであった。 厚生労働大臣
2024年7月9日 23:18
第二十章 SHIN-KNOWの威力 第3回医療DX勉強会が始まった。 井出が今回も会の進行を担当した。「それでは皆様お揃いになりましたので、第3回医療DX勉強会を開催いたします。まずは本日のアジェンダの確認から・・・」 井出は、アジェンダに従って粛々と勉強会を進行した。 第3回の勉強会では、電子カルテデータやレセプトデータ、ナショナルデータベース、処方箋データ、最近のウェアラブルデバ
2024年7月2日 23:34
第十八章 電光石火第2回医療DX勉強会 開催 第2回医療DX勉強会が開催された。 第2回から、デジタル庁の井出が部下の崎本を勉強会の管理運営の一員として参加させた。 また、インフィニティヴァリューの吉田は、蒼生を参加させた。 蒼生は、彼の母を亡くした経緯と、それを通じて医療におけるデータの重要性を医療の消費者の立場から勉強会で発言することになっていた。 勉強会の冒頭、崎本と蒼
2024年6月30日 09:37
第十七章 錯綜する思惑 吉田たちは、松坂の仲介で、POC(Proof of Concept:概念実証)としてではあるものの、厚生労働省のNDB(ナショナル・データベース)にアクセス可能になり、レセプトデータを日本全国の規模で分析できるようになった。 その分析結果は随時厚生労働省に共有され、同省内の各会議体での議論に活用された。 吉田のインフィニティヴァリューのBIツールは、厚生労働省の中
2024年7月5日 15:37
黄エビネが咲く庭で (第十六章 吉田と松坂の核心と革新と確信)医療DX勉強会、開催される 第1回医療DX勉強会が開催された。 この勉強会で初めて、日本の医療のDXに関わる厚生労働省、デジタル庁、財務省、経済産業省、吉田らを中心とした有識者数名が顔を合わせた。 吉田はこの時、全員の挨拶と名刺交換時に、井出とも挨拶した。吉田は、井出がデジタル庁の名刺を持っているものの、井出が本来エスタ
2024年6月24日 10:52
第十五章 吉田たちに差し込む一筋の光明 井出がデジタル庁長官の濱田に対して医療DX勉強会のアジェンダの案を見せながら、勉強会の方向性や議論の進め方などを話し合っている間、蒼生たちはレセプトデータの活用についての議論を深めていた。 蒼井たちはレセプトデータを扱っている社会保険や国民保険の担当者にコンタクトし、アポイントをもらった。そして、その担当者にレセプトデータがどのように活用されている
2024年5月28日 18:27
第十四章 松坂と吉田のファーストコンタクト ある日、吉田が会議を終えて、自分の机に戻ってきた時だった。 吉田の机の電話が鳴った。内線からの電話だった。「はい、もしもし」「社長、厚生労働省の松坂さんという方からお電話です」「えっ、厚生労働省?そうか、つないでくれ」 電話の向こうの、吉田の会社の女性社員が、松坂を吉田に取り次いだ。「はい、お電話代わりました。吉田でございます」「吉田
2024年1月24日 19:17
第八章 同志となった吉田と蒼生中高年のぼやきは、ビジネスの種? 蒼生は母の葬儀から戻り、また仕事の日々が再開した。 その頃、蒼生の勤務先であるインフィニティヴァリューの社長の吉田は、社内に新たなプロジェクトの立ち上げを宣言し、そのメンバーの募集を告げた。 新たなプロジェクトは、医療のビッグデータを扱う新規サービスの開発から顧客の創出、そしてそれらを近い将来吉田の会社の事業の柱の一つに
2024年1月20日 19:42
第七章 末期の水、後悔の念 蒼生は母の死を父から聞いてから急いで実家に戻ったものの、到着したのは母の納棺が終わった後だった。 蒼生は、自身の仕事の引き継ぎや客とのスケジュールの調整などに手間取ってしまった。 なんとか都内の職場から自宅に一旦帰り、礼服や香典などの葬儀の用意を整え、着替えをたずさえ、新幹線に飛び乗って移動したが、実家に着くまでに半日近く時間を要した。 棺の中の母は、テレ
2024年1月20日 19:40
第六章 スマートフォン越しの母子 蒼生が母とスマートフォンのアプリ越しに顔を見ることができたのは、その頃のことだった。 蒼生の父は高齢であることを理由に、携帯電話はガラケーだった。だが、蒼生の母はスマートフォンを使っていて、それにカメラで対面で話せるアプリを入れていた。 蒼生は父に頼んで、母の病室に入った時にスマートフォンのアプリでテレビ通話できるようにしてもらった。 蒼生の父は、自分が
2024年1月20日 19:37
第五章 父と母のひとときの儚い幸せ 退院後、蒼生の母の開口一番は「ああ、やっぱり家はゆっくりできる」だった。 蒼生の父は、自宅で妻と他愛の無いこんな話ができることを心から喜んでいた。 いつものように妻が作るご飯を食べ、妻と一緒に庭に咲くさまざまな花の手入れをし、休みの日には時折遠出をして、年に1回くらい県外に旅行に出掛けて・・・。 そんな日がまた戻ってくると、蒼生の父は信じて疑わなか
2024年1月20日 19:34
第四章 母のリハビリ、父のお見舞い その日から、蒼生の父は毎日、妻が入院している病院にお見舞いに行った。 連日、車で往復130km以上の距離を、妻の着替えや入院に必要な書類などを携え、自分で軽自動車を運転した。愛する妻に会うために、蒼生の父はハンドルを握った。 大雪が降る日は、交通渋滞やノロノロ運転の中、片道2時間以上かかることもあった。それでも蒼生の父は、妻のお見舞いに行った。 何があ
2024年1月20日 19:25
第三章 蒼生の母の病、夫婦の愛 蒼生の両親は、東北の雪深いある地方に住んでいた。 蒼生の母は、膠原病という難病を20年以上患っていた。蒼生の母は、膠原病によって腎臓が痛んで、高血圧になっていた。そのため、血圧を下げる薬と、血液をサラサラにする薬と、膠原病の炎症を抑える薬を服用し続けていた。 主治医の治療のおかげで、治療開始後まもなく血圧は順調に低下した。だが、膠原病による腎臓の炎症だけがい