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【ショートショート】 真夜中になくアブラゼミ

今日から夏休みということで「夏の日の思い出」のお話したいと思います。

大学生の頃の話です。

高校を卒業した私は、生まれ育った伊勢の田舎から脱出して、名古屋の瑞穂区の滝子(たきこ)という場所で、一人暮らしを開始。
確か家賃は四万五千円くらいで築3年くらいのワンルームマンション。
念願の自分の城は「誰にも注意されないやりたい放題のパラダイス」ということで、部屋はめちゃくちゃな状態でした。

窓全開でエアコン全開スタイル

「男らしいこと」を勘違いしていた当時の私。
大好きだった洋楽ハードロックの悪い影響もあって「人生はロックだぜ!」とばかりに、窓全開!網戸なんてはずしちゃえ!暑いからエアコンつけっぱなし!テレビつけっぱなし!アンプにエレキギターつなぎっぱなしでいつでも弾けちゃうぜ!等々、ロックな生活を推進しておりました。

高台にある4階建の最上階で、周辺に高いビルもなかったこともあって窓全開にしても人目も気になりませんでした。
そのくらいの高さになると”虫”はあまり入ってこないんですよね。
生まれ育った実家は二階建ての一軒家で、虫なんて日常茶飯事だったので4階という高さが当時は嬉しくて、「ここまでくると虫なんて来ないんだな〜」と思い始めていました。

「おれのマンションは高いから虫も全然はいってこんから快適やわ〜」

遊びに来る友人たちには得意げに話していたものでした。

そんな中で窓全開でエアコン全開は、私の夏の定番スタイルとして編み出した必殺技。これもまた自慢げに言いふらし、杉ちゃんの「ワイルドだろ〜」状態。

実際、その生活スタイルは快適そのものでした。
窓全開にしていても、蚊やハエなどの虫はほとんどいなかったですし、たまーーにゴキブリが廊下にいたりとかあるくらい。
ちなみにゴキブリ対策として年に1〜2回、必殺バルサン攻撃で完全防御しておりました。
そんな感じで夏の間は窓全開でエアコン全開リ、ゾート地の開放的な部屋のような状態で過ごしておりました。


初夏のある日の事件

そんな平和な夏のある日。
梅雨も明け、初夏の暑さとなってきたので「窓全開でエアコン全開!」を始動。生活パターンは、昼夜が逆転しているバイト漬け生活を送る日々。

その日も、前日のバイトが深夜1時に終わった後、先輩と朝までゲームして昼過ぎまで爆睡、14時くらいに暑くてやっと起床すると先輩はもういない・・といういつものパターン。

「パチンコにいくかな〜」と財布をみると、お札ゼロ・・・
仕方ないので、大人しくバイトの時間までギター弾いたり、ゲームしたりしておりました。


その時・・・

突然、エレキギターの音に誘われるかの如く、窓の外からバタバタバタッ!!!!!と何かが入ってきました。


「うぉーーーーあぉあ・・・・びっくりしたぁ〜〜〜〜〜」

思わず声を出して、独りリアクションをとって、部屋を見渡します。
黒っぽい物体がチラリ。

「ん?なんだあれは?」


よく見ると、その黒っぽい物体は「アブラゼミ」のようです。木に止まるかの如く壁にピタッと張り付いているではありませんか・・・


ま、、、まじか、4階だから虫は入ってこないと思ってたのに‥‥
これは全く予想していなかった事態だ・・・

これは完全な事件発生です。

「う〜ん、まずは落ち着こう。落ち着くんだ。」そう自分に言い聞かせながらも、目の前にいる「昆虫」への恐怖心が沸々と湧き上がってくるのでした。


「殻で覆われた昆虫」への恐怖心

大人になるにつれて、「殻で覆われた昆虫」に対する恐怖心が、自分の中で芽生えてきていることは、なんとなく気づいてはいました。

しかし、この事件以来、その恐怖心がはっきりしてきたような気がします。

堅そうな殻に覆われてるのに結構な速さで動く昆虫・・・

目の前にいるアブラゼミなんて、まさにその最たるものです。茶色のカサカサした羽、黒っぽくて堅そうな殻。細い足が6本も生えています。

こんな時に限って友達も誰もいなかったので、痩せ我慢して強がる気持ちすら出てきません。

ワンルームの部屋には「アブラゼミ」と「私」のふたりっきり・・・


完全に追い込まれてしまいました。

や・・・やばい・・・どうしよう。
冷静になって見てみると、セミってこんなに怖いもんだったのか・・・
よく昔はつかまえたりできたよな。今は絶対つかんだりできん!


小学生の頃、野山を駆け巡り、蝉を乱獲した夏の日々‥‥
その頃はアブラゼミを素手でつかまえで、逃げる時におしっこをかけられても平気でした。アブラゼミなんてどこにでもいたから、山の方に行って大きいクマゼミをつかまえに行ったりしたものでした。

しかし、今やその記憶は遠いものとなり、目の前のアブラゼミ1匹は全くの別物のように見えます。

カッチカチの殻に覆われた昆虫は、地球に生息する異星人かのようなものにすら見えました。


密室での格闘

しばらく固まっていた後に、どうやって部屋の外に追い出すのか?を必死に考えはじめました。

うちの中にある物でなんとかしないと・・
マジックハンド的なものもないしな〜
あ、そこにある薄めの雑誌を丸めてちょと触ったら飛んでくかも
でも、飛び出すときにあいつらはおしっこかけるよな〜
かけられたくないよな〜
強くバシッと叩いて殻が潰れてなんか変な液体が出てきても嫌だな〜

うぉぉ、ちょっと動きやがった!ジジっとか言ってるし・・汗

数秒が何時間にも感じられるくらいの間を置いて、勇気をふりしぼり、その雑誌を軽く丸めたもので、ちょこっとアブラゼミちゃんを刺激してみると‥‥‥

バタバタバタバタッッ!!!ジィージジジジジッッ!!!!!
バタバタッバタバタッッ!!!ジィージジジジジッッ!!!!!


うぎゃーもーこんなんあかんやん〜、めっちゃごーわくわー(三重弁)


蝉の羽のバタバタ音が妙にリアルでたまらないものがあります。
その微かにくる風圧を感じながら格闘は続きます。

何度も勇気を振り絞り、薄めの雑誌を丸めたやつで、蝉にアタックしましたが、バタバタ飛び回った後、途中で見失ってしまいました。
う〜ん、なんとなく窓の方に行ったような・・・?


(しばらくの静寂‥‥)


部屋のあちこちを見渡しても見る限り蝉の姿はいません。

きっと窓全開だったし、また外に出ていったのだろうな。
つぶしてはいないし、ジージー鳴いてないから外に出ていったんだろう。


静かな時間が続き、内心ほっとした私。
その日は、さすがに戸締りをして、バイトに行くため早めに部屋を出ました。さすがに「窓全開でエアコン全開」はそろそろ卒業しようかと考えながら・・


蝉についての豆知識

そんなことを考えていると「セミ」について小さい頃に学んだ知識が湧き上がってきました。

【蝉の豆知識】
・"複眼"という3つの赤っぽい点が目と目の間のところにあること
・ジージー鳴くのは雄でお腹の発音器官を使って求愛行動をしていること
・土の中で3〜10年以上も、地上に出てから1週間〜1ヶ月も生きることも
・アブラゼミは見た目茶色いけど、ひっくり返したらなぜか白いお腹

特に気持ち悪いのは”複眼”ってやつです・・・
写真見てみるとわかるとおもいますが、超恐ろしい見た目。
※リンク貼っときますが苦手な方は見ない方がいいです。

「うわっ!こわー、ほんまテンテンが3つ並んでる!きゃー、でも見ちゃうー」という感じでしょうか。


大人になると、小さい頃に身に付けた昆虫への豆知識が逆に恐怖心に変わり、カチカチな堅い殻と5つの眼を持ったリアル・アブラゼミ体験は、強烈に私の記憶に刷り込まれたのでした。


忘れた頃に再度事件が勃発

平和な日々が1週間ほど続いたある日。

その日もいつもの定番の生活パターン。
お昼過ぎに起きて、パチンコ行ってバイト行って、深夜2時くらいに帰宅。

その日は「疲れたから寝るかな〜」と思い、電気つけっぱでベットにゴロン。蒸し暑かったので、クーラーを"強+風全方向"でスイッチオンして、かけ布団もかけずに、そのままパンイチで寝ようとしておりました。


しばらくたって、うとうとし出した時です。




ジジ・ジ・ジ・・・・ジジッ




(ん‥‥、なんやこの蝉みたいなの‥‥‥‥夢かな)


ジジジジジッ・・・ジジジッ・・・


こ、、、これは夢ではないレベルの音かも・・・
でも夢だと思いたい。ああ、夢であってほしい・・・ウトウト


まさか・・・・・・・・・・・・


アブラゼミとの再会

深夜2時過ぎ。
蝉が鳴く時間でもなく、聞こえてきたのはトラウマになった「アブラゼミ」の鳴き声。しかもすごく至近距離・・

思わず走る緊張感。時間がゆっくり流れます。

無意識に身体が最悪の事態を考慮して硬直してくるのがわかりました。


そして、その直後・・・その最悪の事態が起こってしまいまったのです。


ジリジッ、ジジジジ、ジーージーーーーージーーーー
ジーーージージージーーーーーー


「うぎゃーーー、思いっきり鳴きだした〜〜〜〜〜!ありえへん!!!」


走馬灯のように思い出されてくる、1週間前の体験。
「アブラゼミ」との格闘シーンや、余計な「蝉の豆知識」のおさらいw


冷静になって頭を整理してみると、1週間前の格闘後に静かになり、出ていったのかと思いきや、彼(アブラゼミ)はじっとこの部屋のどこかに身を潜めていたことになります。

そうです。私は「アブラゼミ」と1週間近くも共同生活をしていたのです。
帰宅後に電気つけて明るくなって、クーラー強+風全方向で刺激を受けたアブラゼミが「朝がきたか!」とばかりに鳴きだしたのでしょう。

アブラゼミとの格闘、第二ラウンドが急遽始まりました。

落ち着くんだ・・・鳴き声はどこから聞こえてくる?
まずはアブラゼミの居場所を見つけ出すんだ・・・

忍足で立ち上がり、聴覚をフル活用して、鳴き声の出どころを探します。


・・・ジジッ


(れ、、冷蔵庫の裏・・・・・・)


鳴き声は間違いなく、その声は冷蔵庫の裏から聴こえてきました。

これは覚悟を決め、蝉とりを実行するしかありません。
しかし手で捕まえる勇気などとっくに無くなっていたので、改めて「窓全開」にして、うまく誘導して追い出す作戦を遂行することにしました。


よし、またこの間の薄めの雑誌を丸めたやつで、うまくポンポン叩いて窓の方に飛んでいくようにしてみよう・・
もう、やるしかない。アブラゼミと向き合うしかないんだ。
殺さないから・・と友好的な態度で接してみよう。


めっちゃ怖いですが、セミを捕まえたり殺したりするんじゃなくて、もう一度自然に還してあげるのです。

そんな気持ちで丸めた雑誌を持ち、冷蔵庫の裏の暗いところを恐る恐る覗き込みました。


その時です。


バタバタバタッ!!!!!(ジジジジ!!!)


思いっきり飛び出してきたアブラゼミ
こっちに向かってきた!と思った瞬間、私の”おでこ”に突撃してきました!


「コツン」


”おでこ”にアブラゼミの頭の堅いところ、おそらく例の複眼のあるところがあたったのでしょう。


その感触・・・。カッチカチの殻の感触。


そこからは、もうパニックすぎて記憶もないですが、無我夢中で外にアブラゼミを追い出したことは確かです。


この”おでこ”にカッチカチのアブラゼミがあたった感触は、30年近くたった今でも鮮明に思い出されるぞっとする記憶です。

それ以来、蝉はさわったことないよな〜


そんなことを思い出す夏の日。
今日も外では蝉がジージー鳴いている。
今のマンションも、虫対策として4階以上の階に住んでいるけれど、
くれぐれも窓全開はやめて網戸をしっかり閉めようと思います。


夏の日のぞっとする思い出話。
最後になりますが、昨日撮影したアブラゼミの写真を載せておきます(笑)

おしまい。

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©️Mahalopine

記事執筆のための、いろいろな本の購入費用として活用させていただきます!