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和装を作る男性の多くは着物を着ないどころか持つことすら出来ませんよ

「着物や帯を作っているのだから、あなたも良くお着物を着るのでしょう?」

などと良く尋ねられますが、私は着物そのものを持っておりません。

ガッカリしました?笑

今年で(2020年)和装染色品の制作を主として独立26年目ですが、私は妻に着物も帯も作った事がありません(結婚は31年目だったかな)妻は、私の和装の部分の仕事に直接的に関わっていないので・・・もし関わっていれば、仕事に必要なものとして仕入れたり作ったりしますが・・・妻としては着物を自家消費するお金があるなら「より多くの生活費を!」となるのは当然です。笑

工房構成員の甲斐は、着物も帯も数は少ないですが持っていますし、工房のものも仕事の経費を使い与えています。それは女性スタッフが工房の着物や帯を仕事で着用する必要があるから、です。

私だけでなく、多くの「和装制作を生業としてやっている男性」は、着物を持っていません。

これは単純に、経済的に無理、という理由です。

以前、呉服店さん主催の大きなパーティで、織物の産地の65歳ぐらいの、知名度のある人が

「オレ、こんなパーティーに呼ばれるの初めてでさ、で、初めてオレ、自分の着物作ったよぉ。笑」

なんて申しておりました。

割と、それが当たり前なんですね。

そういう人の奥様などは、ちょっと失敗した反物などをうまく仕立ててお持ちの場合がありますし、ある程度景気の良い時代でしたら、他所の新品を購入している場合もありました。

その人の環境や業種によっても違いますが・・・和装系の職人さんや作家さんでも、ご実家が太い人や、代々やっている人、和裁が仕事の人の場合は、男性でもご自分用の着物をお持ちの人が多いですね。

しかし、とても有名な男性の紬織り作家の人で、ご自分の着物は一枚も持っていなかった、という人を私は個人的に知っております・・・

私の場合、家族を抱えた状態で、さらに取引先も何もない状態での新規参入で、資産もない状態での独立でしたから、経営的にはずっと追い立てられている状態です。そして手作り品で、それなりの価格のものを販売しておりますから、それを自家消費するという事は、例えるなら大間のマグロの一本釣り漁師が、一ヶ月かけて仕留めたマグロを自分で食べてしまうようなもので、そんな事は出来るわけがありません。家族もスタッフも干上がってしまいます。

かといって、中古市場の安いものをそのまま着る事は出来ません。ある程度高級品を作る人間が、そういう事は出来ません。それで全てを計られてしまいますからね。それなら洋服を着た方が良いです。

そもそも、中古品でも手が出せないのです。和装は、表地だけでなく、襦袢や草履、小物も、中古や卸値で購入したとしても自家消費用には高価で手が出せません。

また、そこそこ質の良い中古品を仕入れて、自分サイズに仕立てて着るという事も出来ません。経済的に仕立て代を自分のために支払う事は出来ないからです。

それと、制作仕事ばかりで、着物を着ている時間が無いのです。制作一本で家族とスタッフの生活をまかなうには、かなりの量を制作し、販売する必要がありますので・・・(それでもこんな経済状態なわけですが)

着物原理主義者の人は、和装に関わる人は365日24時間着物を着るべき、なんて極端な事をおっしゃいますが、着物を着て仕事をするというのは、まるっきり無理な話です。実際問題として、制作するのに着物は大変都合が悪いです。ユニクロを着ていた方がずっと安全で良い仕事が出来ます。

昔から、長着をきれいに着て仕事を出来るのは、そろばんを弾いて、店員に指示を出す立場の番頭さんぐらいなものですからね。

ちなみに私の娘の成人式の振り袖は、貸衣装で済ませました。写真を撮るのと、記念の冊子をつくるのは、私と妻でやりましたが・・・

これを言うと「お父さんが着物を染める仕事なのに、ひどい!」などと世間から責められるのですが、振り袖の表地を染めるのには、生地を二反潰しますし、染めるには、それに付きっきりで最短でも二週間、ウチのように全てを自分で加工するには一ヶ月はかかります。その間、工房は他の仕事で使えません。この経費だけで大変な事になります。

そんな事は経営的に到底出来ないわけです。

それに、スタッフにロクな待遇をしていない私が、自分の親族のためにそんな事をするのが許されるか?という問題がありますから、出来ません。

弟子にロクな待遇もチャンスも与えていない先生が、自分や、自分の家族の着物の制作に弟子を手伝わせて、お前の勉強のために手伝わせてやっているんだ、なんて言っているのは良く目にする光景です。

工房主は、弟子に冷や飯を食わせて、自分と自分の家族には豪華な生活をさせている人が多いですが、私にはそういう事は出来ません。そういう事は本当に嫌いです。

そんなわけで、私は和装生活は出来ていない、というわけなのです。

しかし、これは私だけでなく、多くの和装制作系の父ちゃんたちはそういう状況なのです。

そんなヤツのつくる着物や帯は信用出来ない、という批判もあるでしょうが、私は面と向かって言われた事はないですね・・・

男物の着物の場合、私は私の考える柄や取り合わせ、袖丈や仕立て方法などがあるのですが、そういうものを自分用にと実現するのはいったいいつになるのか・・・という感じです。

それが現実です。

自家消費していない、というだけで、和装の特性や使い勝手などは当然に熟知しております。私は女性ものはもちろん、男物の着物や染めの角帯も斬新かつカッコいいものを沢山つくっておりますので、制作自体に関してはご安心を(当たり前だ!笑)

残念ながら、私自身が和装を保有し、着て歩く事が出来る状態にない、というだけの話です。

いろいろな分野の経営者同士で、こんな話をすると、

「アンタ、なんでそんな儲かんない仕事続けてんの???」

と珍獣でも観る眼で言われます。

反論しようがありません。笑


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