daily voices: 9/11/2020
いままで見ていたものが、ある日突然生まれ変わる瞬間がある。あたらしい気持ち、知らなかった側面、出会えるタイミングはいつも、それ自体とはまったく別のことをしている時だと思う。だけど心はいつもそのことを考えている時。
今年の夏、これまでの夏よりも多くの時間を費やしてゴッホのひまわりを探し求めていた(あ、わたしはひまわりに特別思い入れがある、理想のひまわりがあるの、こだわりがある)生涯を不安と孤独と向き合いながら、あるいは闘いながら、若くして死んでしまったゴッホ。彼の人生のなかで唯一の明るい存在であったひまわり、そしてユートピアの象徴。黄色い家に住んでいた頃の。わたしはそんな言葉に惑わされていたのかもしれない。
彼の描いたひまわりと同じ品種のものをいくつも花屋で見かけたけれど、どれも違っていた。色や形、すべて同じなのになにか違う気がしてしっくりこない、そうと思っているうちに夏はまた終わってしまった。
けれど夏の終わりからわたしの部屋にあるひまわりが枯れていく姿を眺めていて、なにか新しいことが見えた気がした....(とても言葉ではあらわせないような閃き)とにかくこれまで知っていた、思っていた、ゴッホのひまわりへの見方が変わった。友人への歓迎の贈り物、あたらしい生活への希望、そんなものを映し描いたひまわり、強い生命力、それらすべてが崩れてしまった、とてもいい意味で。そういう素晴らしい体験をするためには、とにかくとにかく観察することをやめないことだなあと思った。「今年の夏もミラクルが起こったね」あ、もう秋。
ところで最近、ついに花瓶をブックエンドに使うようになった、危ないあぶない、近くにはコーヒーも置いている。気をつけなくちゃ。
ちぐはぐな文章たち、魅力。
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