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菜の花の思い出

この間のお休みは、お花見をたくさんする連休だった。
ちょうど桜も綺麗に咲いている頃合いで、満開にはまだ早い桜並木を何度も通り、サクラだサクラだと言ってはしゃいだ。
そんな時ひっそり傍に咲いているのを何度か見かけたのが、菜の花だった。

道の横にある花壇や誰かの畑に主に咲いている菜の花を見て、菜の花を初めて意識して探した春を思い出す。
馬鹿みたいに真面目で、とにかくできないということが嫌でたまらなかった頃のこと。

中学1年生の理科の宿題。
始まったばかりの中学校生活の中、同じ学校出身の人も少ないクラスで出された宿題は、土日の間に菜の花を探し出して次の授業時に教室に持ってくることだった。
それまで私は菜の花をよく知らなかったし、どんなところに咲いているのかも検討がついていなかったから、まぁ少し探せば見つかるぺんぺん草のようなものだろう程度に構え、あまり探さないまま日曜日の午後を迎えた。

そろそろ探し始めないとと思い近所をふらふらと探しに出かけると、菜の花は全く見つからなかった。
簡単に見つかると想定していたそれは、1時間探しても見かけることすらない。
道に生えてなんていなかったし、花壇に植えてある姿すら見かけなかった。
暗くなりかけた空に焦り、今考えるととても迷惑な話だけど近所の図書館に駆け込み事情を話し泣きついた。
そこでやっと知り合いに畑で育てている人が近くにいるからと教えてもらい、そこまで行って分けてもらった。

月曜日、理科の授業。
菜の花を持ってきたのは、クラスで私一人だった。
他の人はそもそも忘れてしまっただとか、探すことすらしなかったとか、そういう返答ばかりだった。
治安のいい学校ではなかったし、そういうことで良かったらしい。
何もそんなに必死に絶望しながら、何時間も探し回らなくて良かったのだ。

これにはほっとしたと同時に、悲しくなった。
一体あの時間や焦りはなんだったんだろうと、途方に暮れた。
クラスで唯一の菜の花はちゃんと役に立ったし、無駄にはならなかったけれど。
求められる強さは、そこにはそもそも存在していなかった。

あの頃より菜の花は綺麗に見えて、なんなら菜の花を見に出かけようという話が出ているくらいだけど。
綺麗な菜の花を眺めると今も、あの頃のことが頭をすっと掠める。

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