見出し画像

引きこもり、牛の競り市へ行く(前日準備)

学生時代に教員から性的関係を求められて人間不信になり、摂食障害(主に過食症)に苦しみ、もちもちに太った引きこもりの私が、黒毛和牛のお陰で人生やり直せた話その5です



牛は生後数ヵ月したら、ピアスを開けるみたいに耳に黄色い番号札をつける。
この時に牛の名前、性別、生年月日といった個牛情報が正式に登録される。
名前は農家さんが好きにつけることもあるけど、特に指定しなければ親牛の名前の一部をもじって名付けられる傾向にあるみたい。

そう言えば最近、鬼滅乃刃って名前の牛さんがいたらしい。
※“の”が漢字なのは、オス牛は漢字登録、メス牛はひらがな登録ってルールがあるから

どんな親から生まれたのかも個牛情報として登録される。これが重要。
パパ牛が松坂牛とかのスーパーハイブランド精子だったらその仔牛はスーパーエリート!
ママ牛の血筋もやっぱり大事。
美味しいお肉、お高いお肉は血筋に懸かってるのね、うんうん。

そんな感じで血統情報を登録した仔牛は、我が家では大体生後10ヶ月程で競り市に出していた。



若い牛は競りで落札者に引き渡されたら、そこでしばらく飼育されて更に大きく成長していく。
大人の部門でまた競りに出されて、お肉にされることもあるし、繁殖用に生き続けることもある。
私が育てた仔牛クンも、落札された後は立派になるまで誰かに育てられて、更に先の未来は分からない。
いつか誰かに美味しく食べてもらうかもしれないし、どこかで種牛として子孫を繁栄させていくのかも?
仔牛を売るっていうのは、そういうこと。
ドナドナド~ナ~ドォナ~♪


画像1


競り市の前日には、牛さんの水浴びタイムがある。
暴れて逃げないように頭を縄でゆるく固定したら、ホースで全身に水(寒い時期はお湯)をかける。
牛は普段、所かまわず座ったり歩き回ったりするから、特に後ろ足とかお尻周りがいつも泥まみれの糞まみれ。こびりついてカッチカチになっちゃってる。
それを綺麗に洗い流して、毛並みを整えてあげる。
明日は高く買ってもらうんだよ~なんて思いながら、なでなで。



引きこもりデビュー当初はあんなに「今の自分を誰にも見られたくない!」「知られたくない!」って、周りにバレることを恐れてたのに、私は初めて競り市に行くことにワクワクしていた。
競り市には、近所の人も含む父の仕事仲間がたーくさんいるんだけどね。
可愛い牛さんのお陰で、皮下脂肪と心の腐敗した部分を削ぎ落とすことが出来たから、そんなことは気にならなくなっていた。
良い人に高く買ってもらえればそれが一番。


画像2


仔牛クンは、超高級ブランド精子で生まれた牛ではなかったらしいけど、生後10ヶ月のオスとしてはまあまあ大きい感じだし、元気でやんちゃだった。
40万は超えても良さそうだけど、50には届かないだろうと父が言っていた。

落札見込み額からエサ代を引いて、脱引きこもり資金になるのは良くて三十数万。う~ん・・・。



泥も糞も何のそので牛を育ててるけど一応は女なので、なるべく治安の良い街で防犯対策もしっかりした物件に住みたかった。
よく、新生活の初期費用は家賃半年分くらい用意出来ていると良いみたいなこと言うけど、あれって本当にその通りだと思う。
例えば家賃5万の狭くて安い部屋に住むとして、敷金、礼金、仲介手数料と最初の家賃がすぐに出せないと話にならないし、引っ越し代も別に要る。家賃半年分なんてかき集めてもすぐになくなっちゃう。

なけなしの貯金と仔牛クンを足した見込みが40万ちょい? それで生きていける? 仕事も引っ越しが終わってから探し始めるのに。
やり直すための良い環境を整えるには全然足りない気がした。

何をするにもお金って要るんだなぁ。
就活失敗した世間知らずの無職引きこもりが、少しだけ世のことわりみたいなものを知った気になった瞬間だった。今更である。



ちょっと前の私だったら、資金不足で脱引きこもり計画が狂いそうになったら投げやりになっちゃってたかも。
でも、自棄になるのは今まで散々やってきたから、もうそういうのは勘弁だ。ろくなことにならないもん。

自棄になった結果、摂食障害が苦しいことと、無職引きこもりが生きづらいことを知った。つらいことばっかりだった。

ただ、自棄になった先に牛さんの飼育生活があったことだけは良かった。


画像3


競り市に向けての水浴びタイムが終わった仔牛クンに、大判のバスタオルをかけて水気を拭き取る。
身体が冷えないようにドライヤーをかけながら拭いていると、鬱陶しいのか後ろ足に落ち着きがない。
顔が固定されてて角ぶんぶん出来ないから、蹴ってやる!のフラグ。
だから牛の前足寄りに立つのが安全。

今乾かしてる最中だから暴れないでね~、綺麗にしたんだから今夜は糞でお尻汚さないでね~、明日は高く買ってもらうんだよ~と思いながら、なでなで、ふきふき。

自棄になって荒れまくった私の居場所になってくれてありがとうね。
そう思いながら、なでなで、ふきふき。

いよいよ明日は仔牛クンと私の競り市デビューだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?