脱人間性と人間性を失うことについての考察

私は宗教についてまだまだ勉強始めたばかりで認識が甘かったり、解釈がズレていたりすること多分にみられると思うが、それも記録として残していきたいので、あしからず。

仏教では解脱と呼ばれ、道教では羽化と呼ばれる、脱人間的性質を持つ高位存在への昇華現象。各種宗教で語られる修行や苦行を研究していくと本能的、直感的に「この修行をしたら脱人間性を得ることが出来そうだな」と思わせてくる説得力を持っている。ここからはより強く私の解釈に寄った話になるが、その脱人間性を得ることはホモ・サピエンスという種の生物的繁栄に対して減退方向に作用するのではないだろうか。という疑問がある。

4つの宗教を例としてそれぞれの宗教の中で語られる高位存在を例としてあげ、それを生物学的側面から考察していこうと思う。

キシモト・ユーキ
ヒンドゥー教、キリスト教、仏教、道教における人間の目指す存在について教えてください

GPT-4
・ヒンドゥー教は、人間の目指す存在は「摩訶菩提」(マハーボーディ)または「解脱」です。この目標は、輪廻(サンサーラ)の苦しみから解放され、永遠の平穏な状態である「ムクティ」(解脱)に到達することを指します。
・キリスト教は、人間の目指す存在は神との和解や永遠の命(エターナルライフ)です。これは、キリスト教信仰者がイエス・キリストの贖罪の働きによって、神との関係を取り戻し、永遠の救いを受けることを意味します。
・仏教は、人間の目指す存在は「涅槃」(ニルヴァーナ)です。涅槃は、悟りを開き、執着や煩悩を断ち切り、苦しみの終わりを迎えることを指します。
・道教は、人間の目指す存在は「道」です。道は自然の法則に合致し、バランスと調和を追求することを指します。

宗教同士相互に干渉し合っていることを加味しなければならないが、この4つの宗教では、「苦しみから逃れ、永遠の平穏を得ることを目指している。」という解釈をすることが出来る。では、どうやってその境地へ至ればいいのだろうか。様々な流派が各宗教の中に存在しているが、ここでは禁欲主義的な要素を含む修行体系である流派を例としてあげたい。

キシモト・ユーキ
ヒンドゥー教、キリスト教、仏教、道教における禁欲主義的な要素を含む修行体系の流派を教えてください

GPT-4
代表的な流派を紹介します。
ヒンドゥー教
1. サンニヤーシン(修道院派):物質的な快楽や世俗の欲望から離れ、内省と内なる成長を重視する修行者の流派です。アシュラマ制度(四段階制度)の最終段階である「サンニヤーサ」(修道士)が所属します。
2. ヨーガ:身体、心、精神の統合を目指す修行法で、アシュタンガ・ヨーガ、カルマ・ヨーガ、ジャパ・ヨーガなどさまざまな流派があります。悟りを目指すために、物質的な欲望や感情的な結びつきを超えることを重視します。
キリスト教
1. モナスティック主義:修道院生活や修道修行を通じて、禁欲・清貧・独身を守り、神との一体化を追求する修道院の存在があります。ベネディクト会、シトー会、カルメル会などの修道会があります。
仏教
1. 上座部仏教(テーラワーダ):初期仏教の一派で、禁欲、瞑想、慈悲などを中心に据えた修行方法を提唱します。修行者は出家し、苦行を行ったり、物質的な所有を捨てることを重視します。
道教
1. 龍門派:中国の道教の一派で、禁欲や煩悩を断ち切り、自己の成長と道との一致を目指す修行を掲げます。内丹術(内的な修行法)や気功などを通じて体内のエネルギーを修復し、長寿や不老の境地を追求します。
これらは各宗教の一部を紹介したものであり、さらに詳細な情報や他の流派も存在します。各流派は異なる方法論や修行の儀式を持っており、個々の修行者の興味やニーズに合わせて選ぶことができます。

これらの禁欲的修行が実際に高位存在へとなり得る修行方法なのかどうかは、ここで論じることのできる問題ではないし、そもそもこれを問題とするかどうかもまた、意見が別れるためここでは触れず、生物学的側面からホモ・サピエンスという種の存続と繁栄にどのように影響するのか考察していきたい。

キシモト・ユーキ
生物学的側面からホモ・サピエンスという種の存続と繁栄に必要なことを教えてください。

GPT-4
以下の要素が重要です。
1. 繁殖: 種の存続のためには、個体が繁殖し次世代を残すことが必要です。適切な繁殖機会を確保することや適切なパートナーを選ぶことが重要です。
2. 遺伝子の多様性: 遺伝子の多様性は、種の適応力と生存力に関連しています。異なる遺伝子の組み合わせによって、環境の変化や新たな病原体に対して強い抵抗力を獲得することができます。
3. 適応力: 環境の変化に対して柔軟に対応することが重要です。適応力の高い個体は、変化した環境で生き残るための生理的、行動的な特徴を持ちます。
4. 食物と水の確保: 適切な栄養と水の摂取は、生物の存続と繁栄に不可欠です。食物の供給源へのアクセスや適切な栄養バランスを維持することが重要です。
5. 環境の保護: 環境の保護は、個体や種の存続に直接関わります。環境の健全性を維持し、生息地の破壊や汚染を最小限に抑えることが必要です。

1.の繁殖だが、これは禁欲で語られる性欲の影響を大きく受けており、禁欲的修行により大きく抑圧されている。2.の遺伝子の多様性は一見、禁欲的修行にあまり干渉しないように感じる。3.の適応力は前述の遺伝子の多様性と非常に近い内容であるように感じるが、適応力は清貧、食欲の禁欲という側面から見たときに適応のためのエネルギーが減退してしまうのではないかという問いが素人目に映る。4.5.の食物と水の確保と環境の保護は、人間の禁欲により、より強力に促進されることだろう。高位存在へとなることでホモ・サピエンスだけでなく、地球資源の保護が促進され永遠の平穏が担保されることは間違いなさそうだが、その未来にホモ・サピエンスという種は存在していないのではないだろうか。それは各禁欲的修行により平穏を得た存在たちは、ホモ・サピエンスという種を超越し別の種となっているからなのだろうか、それともホモ・サピエンスの絶滅により我々は地球上とは別の環境で平穏を得る。ということなのだろうか。果たして人類の繁栄とは個人の幸福とは何なのだろう。

宗教に見られる脱人間性と人間性を失うことについて考える。

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