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箔が輝きを取り戻す/アランニット制作日記 12月後編

「このニットは届いたばかりなので、どんなふうにお直しするか、ちょっとお見せしますね」。ゆきさんはエプロンを身に纏うと、テーブルの上にニットを広げ、まずは状態を確認して、丁寧に毛玉クリーナーをかけてゆく。

「毛玉があると、箔をのせたときにそこだけぼこんとしちゃって、編み目が綺麗に見えなくなるんです。下地を整えるように、編み目の凸凹のへこんでる箇所の毛玉や、エッジの部分にある毛玉を取る。すごい地味な作業だけど、やるかやらないかで仕上がりのクオリティが違ってくるんですよね」

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 箔をのせる箇所だけでなく、他の箇所にある毛玉も取っておく。5分かけて丁寧に毛玉を取り終えると、いよいよ箔押しの工程だ。ゆきさんが顔料やインクと一緒に運んできたのは、網戸のようなフレームだ。まずはこれを使って、箔を接着する糊を塗ってゆく。

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「最初の頃は筆で塗ってみたりローラーで塗ってみたりしてたんですけど、この方法が一番綺麗に表現できると気づいたんです。大学の授業でシルクスクリーンを習ったときに、紫外線に反応する感光乳剤を塗る過程があるんですけど、大きいバケットに乳剤を入れて、それを立てかけたメッシュに引いていくんです。そうすると表面だけに均一な薄い膜として塗布できるんです。それを応用して、このやり方にたどり着きました」

 箔の糊をテーブルに取り出すと、そこに顔料を混ぜて、色をつける。「記憶の中のセーター」を作り始めた頃は、糊の元々の色である白のまま塗っていたけれど、今は顔料を混ぜている。箔が経年変化すると、次第に下地が見えてくる。それを「箔が消えてしまった」とネガティブに捉えるのではなく、変化を楽しんでもらえるようにと、色をつけるようになった。

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「Tシャツやトートバッグはロゴの上に箔を重ねているので、経年変化とともに元々のヴィンテージの絵柄が現れてくるコンセプトです。ヴィンテージ自体に模様があるものはそういった経年変化の面白さが表現できるんですけど、ニットの場合はやっぱり、箔が消えちゃうと悲しいと思うんです。形あるものはどうしても変わっていく。そこを前向きに捉えてもらえるような嬉しい驚きをと思って、最近は箔の下地に色をつけるようにしてます。着用して掠れていくうちに、箔の下から鮮やかな色が現れてきますよ」

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 顔料を混ぜると、メッシュの上に薄く糊をのせていく。普段は60メッシュという密度を使っているけれど、お直しの場合は箔をさらに重ねるため、風合いがなるべく硬くならないよう、より網目の細かい80メッシュを使う。これを箔押しする箇所に置き、木製のヘラを当てる。こうすることで、ニットに糊が染み込むことなく、表面にだけ薄く塗ることができるのだという。

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 糊を塗り終えると、きちんと塗れているか、ニットに顔を近づけて確認する。「うんうん、良さそうです」とゆきさん。制作中のゆきさんは、普段よりちょっと、ちゃきちゃきしている。

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 糊が定着するのを待ち、いよいよ箔押しだ。糊が完全に乾くのは1~2日後のため、あらかじめプリントしておいたものを今日はプレスするという。ズレが生じないよう、慎重に箔を配置して、自動熱プレス機のボタンを押す。プレス機がゆっくり降りて、箔が圧着される。

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再びプレス機が上がると、ぺたんこになったニットに箔がくっついている。箔のぬけ殻を取りのぞき、スチームアイロンを当てると、ニットは膨らみと輝きを取り戻す。

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「お直しのときは、やっぱり緊張しますね」とゆきさん。「商品の場合、もしも何かしらのトラブルが起きた場合はアレンジすればいいのですが、お客様のニットはこの世に1着かぎり。失敗できないからどきどきします」

 プレス機から、ちりちりとした匂いがする。今では暖房といえばエアコンだけど、昔、ストーブに当たっていた頃にこんな匂いを嗅いでいたような気がする。年の瀬が近づくと、親戚の家に集まり、こたつに入りながら、あるいはストーブに当たりながら、トランプで遊んでいたことを思い出す。

 もうすぐ2019年も終わる。ゆきさんの2019年の抱負は何だったのかと尋ねると、「今年の豊富は『楽しく制作する』だったので、達成できたかなと思います」と答えてくれた。では、来年の抱負はと質問すると、仲間を増やすことだとゆきさんは即答した。

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【アランニット制作日記 1月】 へ続く

words by 橋本倫史

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