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毎朝、休まずに自分で珈琲をたてます。なにも深い理由はありません。決めているわけでも、練習のためでもありません。自分が飲みたいから、です。毎朝たてる、毎朝練習する、そう決めた瞬間からつまらなくなるし、辛くなります。

でも毎朝「飲みたいから自分でたてる」というのは全く辛くないです。休まずに自分で珈琲をたてます、と最初に書きましたがたまたま毎日「結果として」やっている、というだけのことです。


片道1時間。満員電車に乗って店に行く。買い出しをしながらヘトヘトで店に着く。それでも湯を沸かして豆を挽いて中湯して蒸らしてドリップする。

これまではHARIOのV60で土手を作る方法を採用していましたが、最近は松屋式を採用しているので蒸らしに3分、そこからようやく本格的に湯を落とし始めるわけです。いろんなプロセスを考えたら珈琲1杯に10分くらいかかってしまうので、毎日やるとなったら結構もったいないですよね時間が。

でも、どうやら面倒かどうか、無駄かどうか、はものごとの内容にかかわらず自分が夢中かどうかによって決まるのです。
(夢中は好きとか熱中しているとかに言い換えてもよさそうです)

これから毎日いつもと違うほうの足から靴を履いてください、となったら面倒で億劫だと思いますし、むしろ間違ったりしちゃいそうです。2日目くらいで。
そのものごと自体は難しくないですよね。

でも1時間通勤した後にお金の発生しない珈琲を毎朝立ててください、は苦でもなんでもないです。ほんとはお金が発生したらどれだけいいことか…とは言いながらもお金が発生した瞬間からそれは仕事になってしまうので自分の中では不本意なんですよね。きちんとやらなきゃ、っていう。

よく「人に淹れてもらった珈琲は美味しい」といいますし、僕もそう思います。無性に外のお店で飲みたくなるし、例えばスタッフが淹れてくれたものでもいいのです。(ちょっと美味しくなくても。笑)とても美味しいです。

でも結局自分で自分のためにたてた珈琲がいちばんだったりする。

そしてそれは片手間で適当にたてたものです。お金が発生したらそうはいかなくなってしまう。店の準備をしたり、スマホでSNSの更新をしたりしながら適当にマイペースでやるからいい、と、いうことですね。

だからお金は発生しなくていい。自分が自分のためだけにやっているものは聖域なので俗世のものは不可侵でいたいなと思っています。

パワーバランスが崩れた瞬間から毎日やれていたことが苦痛になることだってありえますので。



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