見出し画像

「お菓子な絵本」21.風穴族

21. 風穴族 (ふうけつぞく)




 夕暮れの風が木の葉を揺すぶり、森全体が奇妙なざわめきに包まれていた。
 誰かが、何かが、ささやいている? 
 そこいらから、ゴブリンがひょいと顔を出しそうな気配。エルフたちが、森に迷い込んだ若者をとりこにする為の踊りの輪を準備している。そんな得体の知れない気配が辺りに満ち満ちていた。

 
── ぼくはいったい何をしてるんだ? こんなところで ──。

 真秀はひとりぼっちで途方に暮れていた。
 自分の進んでいる方向が果たして正しいのか、カイザー・ゼンメル城がどちらにあるのかすら、わかっていなかった。うっそうとした森の中では、お城の灯火さえ見つけられそうになかろうし。

 どこか遠くのほうから歌声のようなものが聞こえてきた。

 森のローレライか? 

 それはまさに美しく怪しげな森への憧憬を表わすハイネやアイヒェンドルフの詩に、ロマンティックな旋律を重ね合わせたシューマンの歌曲の世界。魅力的でありながら、迷い人をぞっとする恐怖に陥れるその不思議な歌声に、真秀は極力耳をかさないよう努めた。

 しかし確実に近づいてくる。

 高く透きとおったその声は、背後からの一陣の突風と共に通り過ぎていった。

 身を固くし、目を閉じて、その風をやり過ごした真秀が再び目を開けると、森の様子は一変していた。さっきまでは何やら恐ろしげに見えていた風景が、ただの薄暗い森になっていた。

「風が鳴ってたのか……」

 ロマン派の世界に捕われすぎてたんだ。
 わかってたはずだ。ここには魔法なんて、ない。妖精も怪物も、なし。空気中に音楽やお菓子の概念が自然に溶け込んでいて、それが色んな状況や、人の思いに同調するかのようにふわりと漂ったりするくらいで、人々が中世風の暮らしをしていて、それぞれにお菓子風の名前が付けられているというだけで、よっぽど現実的で、まともな世界なのだから。

 おかしいのは、むしろ現実世界のほうかも知れない。

 真秀は自分に言い聞かせた。迷ったら休めばいい。道は必ずどこかに通じている。森は永遠に続くわけじゃないんだから。

「何だか、風に勇気づけられたみたいだな」

 自分なりに解釈したものの、その風が現実世界からのある種のエネルギー波だったとは、真秀には思いもよらなかった。現実世界の者たちが、真秀シュヴァルツに対してほぼ同時に抱いた様々な思い──であったとは。

 不安からくる森の怪しげな幻想が追い払われ、感覚がとぎ澄まされた真秀はその時、新たな別の気配を察した。今度は確かに本物の気配だった。

── 尾けられてる? ──

 歩みを止める。……気配なし。足早に歩き始める。……背後でも確かに何かが動く気配。
 真秀はたたっと走ってみた。
 相手も一定のリズムで走り出す。
 ストップ。……気配なし。いや? かすかな息づかい。
「ブルル……」

 馬か! 王子が追いかけてきたのか? それとも……。意を決し、真秀は振り返った。
 ずっと後ろのほう、木陰に身を隠すように一頭の馬がいた。薄暗くてはっきり見分けがつかないが、黒い馬のようだ。

「フロレスタン?」

 待ってましたとばかりにいななきながら、フロレスタンは嬉しそうに駆け寄ってきた。
「何だ。ずっとついてきてたのか?」
 思いがけない道連れの登場に、真秀は大いに喜んだ。フロレスタンの首筋を思いきりなでてやる。懐かしい友に再会した気分。黒すぐりが必要とする時にいつでも参上できるよう、この馬は必ず近くに居て、呼ばれるまでそっと待機しているのだっけ。
「おりこうだね。お前は」
 フロレスタンは首をしきりに下げ、真秀に背中に乗るよう促した。ぼくを黒すぐりと思ってるのだろうか。いや、まさか……。それとも王子の差し金か? まあいい。せっかくだから好意に甘えるとしようじゃないか。

 真秀は今度は一人で、よいしょと弾みをつけて、おっかなびっくり何とかフロレスタンの背に乗った。

「カイザー・ゼンメル城へ」

 言ってから、自分がバカのように思えた。タクシーじゃあるまいし。とにかく「進め」だ。歩くよりは少しは楽かも知れない。馬の乗り方も板についてきたようだ。真秀は本物の黒すぐりになった冒険的気分で、広がりつつある森の闇に挑んで行った。


   ※   ※   ※


 沢城郁子は友人二人の助けを借りて、広場や花壇に散乱している、拾われなかった紙ヒコーキをすべて回収した。それから、敵対勢力によって悪意をもって道端に投げ捨てられている紙片がないか、注意深く辺りに気を配りながら帰途についた。
 ゴミと化したものについては全責任を負うべきであったし、しかも真秀の署名入りとくれば、尚更だ。ついでに目についた関係ないゴミまで拾い、持っていた紙袋に放り込んだ際、郁子は抱えていたテニスラケットをうっかり落としてしまった。

「気になってたんだけど……。何でそんなもん後生大事に持ち歩いてんのよ。今週、部活ないのにさ」
「わかんない。ただ持ってたいだけ。お守りってとこかな。ほら、中世のナイトが肌身離さず持ってる剣みたいに」
 郁子はシャキーンとラケットを掲げて見せた。
「三年は部活も今学期いっぱいじゃない? もうじきおしまいかと思うと、なんか寂しくってね」

 シュヴァルツ家の屋根が見える曲がり角で、郁子は足を止めた。
「寄るところがあるんで、バーイ。今日はありがと!」
 追求されぬうちに、さっと身をひるがえす。

「あっ! ちょっと! ワッフルの約束は?」
「おごってくれるって言ってたのに!」
「ごめん、それは明日。真秀シュヴァツの当選祝いも兼ねて」
「当選? するわけ? 二年なのに」

「絶対、するって!」
 既に角に隠れて見えなくなった友人に、郁子は得意気な笑みを投げかけた。そして憧れの窓辺を見上げ、深呼吸してからシュヴァルツ家のアーチをくぐり、まっすぐ玄関へと足を運ぶ。
 お菓子でも焼いているのだろうか? 辺りに何ともいえない甘い香りが漂っていた。

「真秀!」

 呼び鈴に手をかけるや、いきなり母親が飛び出してきたので、訪問者は仰天した。ただでさえドキドキしていたというのに。

「まあ……、ごめんなさいね。てっきり息子かと」

「真秀くん、お出かけなんですか」
 学校休んでるのに? 妙だなと思いつつ、郁子は少しばかりがっかりした。任務完了! と、エラそうに報告してやるつもりだったのに。

「ええ、ちょっと……」

 どうも様子がおかしいので、郁子はさっさと退散することにした。
「じゃあ、伝えて頂けます? 『秘密指令は無事成功しました』って」

 真利江はようやく微笑んだ。
「何だか面白そうなお話ね。同じクラスの方?」

「いえ。これでも学年は上なんです。封筒を受け取った〈親切なきみ〉だと言って頂ければ、わかりますから」

「ますます謎めいてきたわね。そうだ! 少し待っててちょうだい」

 真利江がドアを開け放して家の奥に引っ込んでいったので、郁子はシュヴァルツ家の内部をじっくり眺めることができた。
 玄関ホールは広々とした吹き抜けになっていて、正面の階段はゆるやかなカーブを描き、二階に通じている。てすりの彫刻が、階段の美しさをいっそう引き立てていた。貴婦人がドレスの裾をサラサラさせながら優雅に降りてくるような階段。

 郁子はため息をついた。
 そして上った先には真秀の部屋がある……。

 階段脇の空きスペースにはシンプルなデザインの大きな花びんが置かれ、パステル系の春らしい花々が一見無造作に、しかし完璧な姿でアレンジされていた。
 大柄な唐草模様がうっすらと浮き上がるアイボリーの壁には、ヨーロッパの光景を思わせる風景画が所々にバランスよく掛けられている。確かアルヴィン・シュヴァルツは画家の才能も持ち合わせていると聞いていた。
 大きく窓のとられたゆとりのある明るい空間、洗練された上品な世界は、どこか外国の貴族の館のようだった。

 入り口の戸棚には手編み風のレースが掛かっていて、こだわりをもって選択されたらしい陶器の人形やクリスタルの小さな動物の置物、そして家族の幸せな歴史を思わせる数点の写真。美人でおしゃれな母親に、毅然としたスターの風格を持ち合わせる、美形すぎの父親。
 真秀の幼い頃の姿もあった。学校でバラまかれたりしたら、さぞかし本人が恥ずかしがりそうな、あまりにも可愛らしい写真だった。

「よかったら協力して下さる?」
 真利江が奥のドアから、いそいそと何かを持って現れた。
「たくさん焼きすぎてしまったの」

 渡された紙の手さげ袋の中にはお菓子が入っていた。

「えー!? いいんですか?」

 スペードやハート、お城に星型、女の子や男の子の人形など、アイシングでカラフルに色づけられた様々な形のクッキーが、透明なガラスびんにわんさかつまっている。

「すごい! きれい!」

 叫んでいる郁子に、真利江はもうひとつ、口の開いた紙の袋を差し出した。ほわんとした焼きたての甘い香りと、温かなぬくもり。

「これはね、幸福のお菓子、ポルボロンというの。焼きあがったばかりだから、冷めるまでこのままで、ね」

 粉砂糖のかかった薄茶色の小さなまあるいお菓子がころころ入っている。郁子はその場でつまみ食いをしたい衝動にかられたが、ぐっとがまんした。
「嬉しい。わたし、すっごく嬉しいです。ありがとうございます!」
 ポルボロンを手さげの空いた場所にそっと入れ、深々とお辞儀し玄関から出た。
「真秀くん、どうぞお大事に。明日の選挙、応援してますから」

 真利江は「ありがとう」とうなずくと、ルンルン去っていく少女に、ドアから身を乗り出して声をかけた。
「必ず、全部食べてちょうだいね」

 その言葉に何か大切な意味が込められているような気もしたが、郁子の頭は焼きたてのお菓子を味見することでいっぱいだった。全部食べるに決まってるでしょうが。幸福のお菓子が冷めないうちに、一口いただくとしよう。
 触れただけで崩れてしまいそうだった。慎重にひとつだけ取り出し、人目もはばからず、パクリとやった。さくっとした感触とともに、アーモンドの香ばしい風味が口中に広がり、次の瞬間、あとかたもなく溶けていった。それはまさしく、幸福の味だった。
 こんなの初めて。あまりのおいしさに頬がぽうっと熱くなる。思いがけず誰かにもらった手作りのお菓子ほど、おいしくて嬉しいものが他にあるだろうか。しかも、それがちょっと気になる相手の、憧れの母親から贈られたものとくれば尚更ではないか。

「真秀シュヴァルツのエネルギー源ここにありって感じだわね」
 郁子の足取りは、空に舞い上がりそうなくらい軽やかなものだった。


   ※   ※   ※


 いよいよ辺りは暗くなってきたというのに、黒すぐり=真秀は正反対に気持ちが温かくなるのを感じていた。何故かな。フロレスタンが一緒にいてくれるせい?
 母親の手作りの、焼きたてのお菓子が食べたいな。思ってから、呆れた。今朝、あれほどたくさんの、お菓子な連中を食べたというのに。

 さささ……。

「何?」

 ささっ、ささささ……。

 忍者のごとく、素早く動き回る気配。真秀は全神経を集中させた。

── 風穴族か!? ──

 認めたくなかったが、どうやら数は多そうだ。フロレスタンも明らかに何かを感じているようだ。耳をピンと後ろに向け、鼻を鳴らしている。
 真秀は緊張しつつ、この場をどう切り抜けようかと考えた。知らん顔して通り過ぎるべきか、猛ダッシュで走り去るべきか。それとも友好的に道でも尋ねてみるか。
 そして、ふと気がついた。

〈風穴族〉って何だ? 

「フロレスタン、止まってくれ」
 フロレスタンは歩みを止めたものの、興奮状態でカツカツと足を踏み鳴らした。
「しっ。静かに。考えてるんだ!」

 危険が迫っているかも知れないその場の状況をまったく無視して、真秀は考え込んだ。こちらのほうがよほど重要だった。どうして風穴族と思ったんだ? そんなもの、全然知らないのに。

 風穴族、風穴族。どこかで見たか、読んだのか……。

「目次だ!」

 その瞬間、真秀の心の中の視界の闇に閉ざされていた部分が、霧が晴れるようにさあっと開かれた。

 最初に、目次を見たんだ。

「黒すぐり」、「ジャンドゥヤ王子」に始まって、「鷹は舞い降りた」だとか、「チェック・メイト」だとか、「降ってきた助っ人」……。

 そうか! 助っ人とは、ぼくのことだったか!

 読みながら体験した光景と、自身が物語に飛び込んでからの出来事が、目次のタイトルとぴったり重なっていく。それに、それに……。ああそうか、「忍び寄る人影」はブレッター・タイクか。で、「第三の人物」の話題も出たし、「弔いの鐘」が鳴った。飛ばし読みで見たマドレーヌの死の場面がここだ。
 それから王子と「スター・サファイア」の話になって、「風穴族」ときたわけか! 

「だからこの章は〈風穴族〉なんだ!」

 目次の続きは……。

 そこで真秀は真っ青になった。好奇心と期待と、とてつもない恐怖心とが一緒くたになって、ぐるぐると渦巻き始めた。

── ぼくは未来を知っている!? ──

 潜在意識に隠された一覧表を呼び起こす。
 自分までが登場人物になってしまったこの物語の未来を知るのは恐ろしかった。が、思い出さずにはいられなかった。

「ヴァンパイア伝説」、「クリスタルのなんとか」、「塔にこもるマドレーヌ」……。
 マドレーヌだって?

「なんだ! マドレーヌは生きてるってことじゃないか!」

 じゃあ、棺桶のあのシーンは? 安らかに眠りたいのに__。読んでないけど、そんな章もあったはずだ。
 マドレーヌはただ一人静かに眠りたくて、棺桶に隠れただけなのかも知れない。

 王子に知らせないと、と思ったとたん、フロレスタンが鋭くいななきながら後ろ足で立ち上がった。
 族がいきなり目の前に飛び出してきたのだ。
 手綱をつかんでいなかったら、真秀は頭から振り落とされていただろう。
 一人、二人……、いやそれどころじゃない。

── 取り囲まれた? ──

 ようやく真秀は自分の置かれた状況を把握した。この連中は敵か? 味方か? 暗がりで、表情がつかめない。

「敵か!」
 最初の一人が遠慮なく切りつけてきたので、そうとわかった。真秀は手綱をぐいと引いて、何とか交わした。息つく間もなく第二の襲撃者。

「わっ危ない」

 馬を操るだけではダメだ。真秀はやむなく剣を抜いた。刃は以外と長かったので、残念ながらシャキーンとかっこよく抜くことはできなかった。しかも片手で振り回すには重すぎる。ともすれば、フロレスタンを傷つけてしまいそうだ。手綱を左手だけで持たねばならないのも至難の業だった。

「タンマ!」
 だめもとで真秀は剣を掲げ、休戦を申し出た。
「馬から降りる。ちょっと待ってくれ」

 敵は予測に反して素直に動きを止めてくれたので、真秀はできる限りゆっくりと降りながら時間を稼いだ。

 どうしよう……。殺されるのか? こんなところで。黒すぐりの身代わりとして? 

 人違いだと言って、見逃してもらえないだろうか? じわじわと恐怖が込み上げてくる。ずたずたにされるんだろうか? 剣で切られるって、どんな感じ? 血だらけになって……。痛い、なんてもんじゃないよな。
 冷水を浴びせられたようなぞっとした感触が背筋を走る。切られて死ぬなんて、絶対いやだ。いやだ! 

 せめて黒すぐりの名にふさわしく戦おうじゃないか。
 覚悟を決めたとたん、エネルギーがあふれてくるのを感じた。何かが自分の味方をしてくれているような……。
 真秀はフロレスタンを脇へ押しやると、左腕に盾を通し、右手で剣を構えた。

 それが合図であるかのように、攻撃は再開された。
 真秀はひたすら身をかわしつつ、盾で相手の剣を受け止めた。かなりの衝撃で、長くは持ちこたえられそうにない。
 が、奴らはご丁寧に一人ずつかかってきてくれるので、暗がりでも何とか動きを読むことができた。しかも、いったん真秀に跳ね返された者は、その場で引き下がり、あとは遠巻きに見物しているだけのようだった。一人、一回ずつとして、あと何人いるんだ? そのうちに真秀は自分が剣をまったく使っていないことに気づいた。片手では難しいのだ。

── これじゃあ、らちがあかない ──。

 真秀は思い切って盾を投げ捨て、両手でしっかりと剣を握りしめた。彼らはざわつき、わずかだがたじろいだように感じられた。これは騎士道精神に反する行為なのだろうか。
 ともあれ意表を突いたことには変わりなさそうだ。

 その作戦は明らかに功を奏したようだ。相手の攻撃を剣で受けとめ、跳ね返す。攻撃を吸収し、倍の力で跳ね返す。攻撃の方向を見極め、とっさの判断で左右のどちらかに身をひるがえし、フォアハンドか、バックハンドで剣を振る。
 何かに似ている? 真秀は思った。自分がよく知っている動き。これって……

「テニスか!」

 とたんに、面白くなってきた。とりわけ左サイドを攻められたときが痛快だった。敵はおたおたとぶっ飛ばされる。バックハンドは得意なのだ。相手の威力が強ければ強いほど、返す力も強くなる。

「ふふっ……」
 真秀は笑い出した。
「あはは……」
 こんな状況でどうして笑えるんだ? 生きるか、死ぬかの瀬戸際なのに。思いながら、笑わずにはいられなかった。

「あっはは」
「わはは」
 回りを取り囲む連中も、つられて笑い出す始末。ちゃんばらを繰り返すうち、真秀はこの族がどうやら本気でなさそうな気がしてきた。テニスの朝練の、沢城先輩たち3年女子組との、あのばかげた練習試合みたいじゃないか。ふざけてるけど、でも、命がけなんだぞ! 

 真秀はバックボレーの体勢で、猛烈な勢いで挑みかかってきた最後の相手の剣を思いきり叩き返した。剣を跳ね飛ばされた勢いで敵は尻もちをつき、参ったとばかりに片手を挙げて叫んだ。

「降参! 我々は降参する」
 リーダー格らしい彼は、立ち上がりながらいさぎよく帽子を脱ぎ、真秀に対して敬意を払った。彼……、いや、驚いたことにそれは彼女だった。
 堂々たる威厳をもって、彼女は言った。
「黒すぐりの愛馬を操り、黒すぐりの衣装を身にまとい、黒すぐりの剣と盾を持った謎のお方。そなたは我々に何を与えて下さる?」

「何って……」

 黒すぐり=真秀は答えに窮した。これは一種のワナか? もし、違った答えを言ったら落とし穴に落ちるとか。スフィンクスの謎々みたいに、まさか喰われるなんてことはないだろうけど……。
 それとも、森を抜ける通行税でも要求してるのだろうか? 

 一難去ってまた一難。その時、
            
「何が望みだ?」

 背後からの涼しげな救いの声は紛れもない、ジャンドゥヤ王子のものだった。

 真秀以外の全員がさっとひざまずき、つられて真秀も従った。

 リーダーの女性が言った。
「安全の保障と、楽しい会話。そして、美しい音楽」

「よかろう」
 王子はうなずいた。
「で、きみらは何を与えてくれる?」

「情報の提供、温かなもてなし、そして永遠の忠誠と友情」
 答えてから彼女は立ち上がり、馬から降りた王子を親しみを込めて抱きしめた。
「お久しぶりです。ジャンドゥヤ王子殿」
「アンジェリカ」

 アンジェリカ? 知ってるぞ。食べたもんね。真秀はアンジェリカの味を思い出した。彼女は味方だ。さっきのは、黒すぐりもどきのぼくに対するふざけた挑戦だったんだろうか。だったらもう少し手加減してくれたっていいのに……。
 いや、それどころではない。

「ジャンドゥヤ、マドレーヌは死んでない!」
 真秀は叫んだ。

「わかっている」
 ジャンドゥヤは包み込むような温かいまなざしを真秀に向けた。



22.「ヴァンパイア伝説」に 続く……



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?