一瞬の「虹の時間」を探して
空がなないろに輝く瞬間があるのだ。
虹が出る瞬間じゃなく、虹が空になる瞬間。
「1日の中でどの時間が好きか」と問われたら、かなり悩む。
朝の澄んで鋭い空気を吸い込む瞬間も好きだし、日が差してきてあったかくなり始める時間も好き。昼下がり、外をふらふらと散歩する時間も好きだし、夜の、しんとした空に星を探す時間も好き。
でも私が一番好きなのは、夕方、日が沈んだ直後くらいの時間だ。
太陽が沈んで行った山際から、赤、橙、きいろ、黄緑、水色、蒼、藍、と、空がグラデーションになる、その色たちが空を包むほんの少しの時間。一瞬と呼んでもいいかもしれない、その時間。
初めて見たときは、虹が空になった、そんなふうに見えたのを覚えている。
ふうわりと軽やかで色と色との境目の見えないグラデーション。
なないろの間にはもっともっとたくさんの色があって、そのぜんぶ名前をつけたらどんなにか素敵だろうと思った。人間には、きっとできないな。だから、私は美しいなと思ったのだろう。
特別な日の景色じゃない。
晴れていれば毎日でも見られる。ただ、雲の散らばり方とか、季節とか、気温とかで、「今日は本当に綺麗だな」と思う日はある。
雨上がりの日なんか、それかもしれない。上空のスモッグが落ちて、山の上から遠くまで見通せるように、空の色も私たちの目に真っ直ぐに届くのだろう。
その彩を見るとき、「あぁ、幸せっていうのは、何も特別なことじゃないんだな」と思う。見逃した日だっていつものように空の上に在って、私が見なかっただけなのだ。いつも、私を見下ろしてるのだ、私が見上げなくても。
別に見逃した日に、しまった、なんて思ったりはしない。ただ、それを見ることができた日に、空を見上げる余裕があったことをちょっと喜ぶのだ。自分とハイタッチしたくなる。
「今日は出会ったね」そんな感じだ。
曇りの日も、雨が降ろうとも、どんよりとした雲の向こうにはあの色たちがいる。
そう考えたら少し灰色のトーンも上がる気がする。厚い雲が、ほんの少し切れそうに薄くなった気がする。あの色が、透けて見えるような気がする。実際に手が届くことはないかもしれなくてもそばにあって、私はその色と形を知っているような気がする。
幸せなんてそんなものだと思っているし、そんなものであってほしいと私は思うのだ。
これから冬に向かうけれど、星も空も虹も、いちばん綺麗に輝く季節だよ。
だから絶対、だいじょうぶだ。
今日の空も綺麗だよ。
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