紫がたり 令和源氏物語 第二百六十四話 行幸(八)
行幸(八)
裳着の儀は亥の刻(十時頃)とのこと。
内大臣もこの日ばかりは遅れてはなるまいとはや六条院にお越しになりました。
柏木の中将、弁の少将、藤侍従などの子息たちが供として付き従っています。
この若君たちは実の姉と知らずに懸想していたわけですが、すでに真実を伝えられていささかばつの悪い思いをしておりました。しかし姉君の裳着ということで澄まし顔で従っております。
こうして密かに内大臣の姫であるということはその場にいる者たちは把握しておりましたが、この事実はまだ公にされるべきではありません。
玉鬘姫は今や貴族達にとって注目の姫君で何にしろ好奇の目を向けられているのです。
姫の出自が明らかになり、内大臣の姫であるのに源氏の元にいるとなるとどうした事情かといらぬ勘繰りをする者も出てくるでしょう。
とかく世間というものは妬み嫉みで人を悪しく吹聴するのが常なので、玉鬘が源氏の愛人のように言われるならば姫の名に疵がつき、陰口を叩かれることになりかねません。
内大臣はそのあたりをよくご存知なので、実の娘でありながら親として接することを堪えているのです。
しかしさすがに腰の裳を結う折にはたまりかねて声をかけました。
「姫や、大きくなったね」
その父の優しい声に玉鬘も涙をこぼしました。
「お父さま」
玉鬘は扇で顔を隠しておりましたが、ほんの少しずらして父君と目を合わせて無言の会話をしたのです。
その美しい顔を見て内大臣はそこに亡き女の面影を見ながら、やはり夢占の姫はこの人であったよ、と涙を流しました。
内大臣は玉鬘姫をすぐにでも手元に引き取りたい気持ちでいっぱいでしたが、先に述べた世間の煩わしさもあり、裳着の世話までしてくれた源氏の意向をないがしろにするわけにもいくまいと断念しています。
なににつけても姫を見つけ出して世話をしてくれた恩というものがあるので、強く出られないのです。
玉鬘姫が無事に裳着を終えたということで、兵部卿宮は改めて正式に結婚を申し込みましたが、源氏は姫を宮仕えに出すつもりなので、すでに根回しは済んでいるのです。
冷泉帝には玉鬘の話をすでにしてあり、尚侍のポストも空きがあることから、密かに主上からの内示があったことを兵部卿宮に伝えました。
その知らせを聞いた宮さまががっくりと肩を落とされたのは言うまでもありません。
内示があったということは、玉鬘姫はもう手の届かない存在となってしまったのです。あの螢の光で垣間見た美しい横顔が忘れられず、宮は恋の炎に焦がれていっそこの身が儚くなってしまえばよいものを、と打ち臥して涙を流されました。
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