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紫がたり 令和源氏物語 第三百十二話 若菜・上(六)

 若菜・上(六)
 
左中弁が戻るのを待ちわびていた朱雀院はすぐにでも按配を確かめたい一心で早速御前に召されました。
「弁、如何であったか?」
「はい。源氏の院はご自身が院とさほど変わらぬ年齢であることを苦慮しておられました。むしろ今上に入内されてはどうかとも仰いまして」
「そうか、そうであろうな。やはり難しいか」
院はまたがっくりと肩を落とされましたが、一縷の望みはないものかと左中弁に尋ねます。
「そなたはどのように思うかな?」
「はい。病などもないようですし、昔と何もお変わりの無いように輝いておられまして、とても先が短いようには思われません。よほど神仏の加護の厚い御方とお見受け致しました。私は姫宮のご降嫁が現実化したとして、姫宮がないがしろにされることはないかと気に懸かっておりましたが、六条院が女君たちをすべて世話しているのには驚かされました。身分に応じてそれほど深い寵愛の無かった女君もこまやかにお世話されているのです。あの院が女三の宮様を迎える意志さえ示してくだされば、それはもうこの上ない御待遇で大切にして下さるに違いないと思います」
「そうさな、やはり源氏しかおらぬか・・・」
左中弁の忌憚のない意見は朱雀院を諦めさせるどころではなく、その思いをさらに強める結果となってしまいました。
なんとか源氏に姫をお願いしたいという気持ちが御心を占めて悩まれるので、益々ご病状は芳しくありません。
 
その年も暮れる頃、朱雀院の御病状は快方の兆しもみられないままでいらっしゃいましたが、院はまず姫宮の裳着の儀をと準備を進められました。
誰よりも尊い皇女として世に披歴する大事な式なので、唐の皇后になぞらえての壮重な御仕度を心がけておられます。
式場は柏殿(かえどの)の西面に御帳台や御几帳をしつらえましたが、そのすべてが本場唐土から取り寄せた重厚な綾や錦で整えられておりました。
さらに腰結役には太政大臣を指名したのです。
通常であれば何かしら関わりのある御方に後見と世に知らしめるために腰結役をお願いしたりするのですが、太政大臣は血縁関係もありませんし、院とはこれまで特に懇意に関わってきたわけではありません。
要は女三の宮の尊さを示す見栄ということですが、院の思し召しを太政大臣とはいえ臣下にすぎぬ身がお断りできるはずもないでしょう。
いつもならばもったいぶって参上もゆっくりな太政大臣ではありますが、この裳着の御式には早々にお越しになりました。
左右の大臣もうち揃い、上達部や親王方、春宮にお仕えしている殿上人までもが集い、それは晴れがましくも盛大な御式です。
冷泉帝や春宮からは立派な贈り物が数多届けられ、もちろん源氏も心を尽くしたものを贈りました。数々の贈り物のなかで院がつい目を留めずにいられなかったのは、秋好中宮からの贈り物でしょう。
かつて中宮が伊勢へ下られる際に下賜された御髪の調度に今風の手が加えられ、晴れの日の贈り物として届けられたのです。
院はあの時の斎宮の可憐な花の顔(かんばせ)を脳裏に思い浮かべました。
懐かしく、恋しく、今となってもまだその想いは院の胸を苦しくさせるのです。
思えばこの御方の人生は思うようにならなかったことばかりで、中宮に対しても無念の想いが残されているのでした。
調度には歌が添えられてありました。
 
さしながら昔を今につたふれば
     玉の小櫛ぞ神さびにける
(昔賜った御櫛は古くなってしまいましたが、わたくしが頂いたご厚意を姫宮の新しい門出に添えとうございます)
 
院はその優しげな手跡に慰められ、ただ姫宮へのご厚意に返礼をと歌をしたためました。
 
さしつぎに見るものにもが萬世を
     つげの小櫛も神さぶるまで
(尊い中宮という位に上られた御身のような幸運を姫宮にもあやかりたいものです)
 
御裳着の式が無事に済んだ三日後、朱雀院は御剃髪され僧形に姿を変えられました。

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