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紫がたり 令和源氏物語 第二百九十七話 藤裏葉(二)

 藤裏葉(二)
 
弥生の二十日。
深草の極楽寺にて亡き大宮の盛大な法要が催されました。
空は晴れ渡り、少し咲き遅れた樺桜が山を薄紅に染め上げて、申し分のない日和です。
内大臣は立派になった息子たちを引き連れ、威厳を誇示するかの如く大勢の上達部が参集した御威勢は生半ではない。内大臣は目を細めて己の栄華を噛みしめ、さて夕霧はどのように自分を見ているか、と姿を探すと、しっとりと佇む姿はやはりどれほど立派な若者が集まっても、夕霧に敵う者などはいないのです。
夕霧は静かに内大臣に見咎められぬよう控えておりましたが、大臣は今日こそ夕霧に声をかけようと思っているので、自然その姿を目で追ってしまいます。
夕霧は亡き大宮を慕っていたので、心をこめて法要に勤めました。
その凛とした姿も好もしく、まさに非の打ちどころもなく落ち着いております。
当代一の貴公子といえば夕霧と息子の柏木と世間ではもてはやされてはおりますが、我が子可愛さの思いがあってもなお夕霧の方が優れて見えるのです。
法要も終えて暮色が空を染める頃、山の桜が風に揺られて散りゆくのと夕霞がけぶる様が雅やかで、それは美しい情景でした。
そんな春の夕暮れに心惹かれて佇む夕霧の姿はこの上もなく美しいものです。
内大臣は決まり悪く、なんと声をかけようかと迷っておりましたが、この夕霧の姿に感嘆し、わだかまりも溶けたように大きく心が動かされました。
引き寄せられるように足は自然と夕霧に向かうのです。
「夕霧よ。今日はご苦労であったな」
「伯父上、恐れ入ります」
夕霧は固くなって、慇懃に畏まります。
内大臣はそのようにさせたのは自分であったなぁ、と哀れに思いました。
思えば雲居雁との事件が起きる前までは息子のように目をかけて可愛がっていた甥であるよ、と懐かしく思い返されます。この君のあの頃のような屈託のない笑みをもう一度見たいものだと思わずにはいられません。
「そのように畏まらずともよい。よそよそしくされると寂しいではないか。生い先短い老人をいたわっておくれ」
「は、そのようなつもりはございませんでした。亡きおばぁ様も伯父上を頼りにせよと仰せでしたが、私が伯父上のご機嫌を損ねたようですので遠慮申し上げておりました次第です」
「これからはもう少し親しくうちとけようぞ」
折から雨が降ってきたもので、話はそこで終わりになりましたが、夕霧はあのプライドの高い御仁が態度を変えてきたことに首を傾げていました。
 
内大臣にまで上り詰めた権高な伯父がどのような心境の変化であろう?
もしや雲居雁を自分に許そうというのか?
 
夕霧はあくまでも慎重であるので、それとぬか喜びをすることもなく思慮を重ねてゆきます。
しかし何か変化が起ころうというのはおのずと察せられるのでした。

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