紫がたり 令和源氏物語 第二百九十八話 藤裏葉(三)
藤裏葉(三)
内大臣は夕霧に会い、改めて雲居雁の婿はこの君しかおらぬ、と心に決めました。
どうした風に自然に婿として迎え入れるか、と熟慮を重ねております。
四月になり、庭の藤の花はみっしりと蕾をつけて開花を待っておりました。
毎年内大臣邸では藤の宴が催されており、またその季節がやってこようというのです。
“藤”はまさに我ら藤原一門の象徴たる瑞花、この花が満開を迎える頃に夕霧を婿に迎えよう。
そのように考えた内大臣は雲居雁と夕霧の為に新しい装束一式を誂えさせました。
また邸も磨き上げて、少しでも古くなったものなどはすべて新調させます。
内大臣の心裡を知らぬ女房たちは俄かに忙しくなったのを
「今年の藤の宴は準備に余念がありませんわねぇ」
などと、愚痴をこぼしながらも慌ただしく立ち働いております。
いつになく盛大な宴になりそうで、近頃良いことのなかった内大臣邸は活気づいているのでした。
内大臣は暦を調べ婚姻に吉日である日を選び、その日を藤の宴と定めました。
そして密かに雲居雁を訪れ、娘に優しい言葉をかけたのです。
「随分長い間姫には辛い思いをさせてしまったね。五日後に夕霧を我が家の婿として迎えよう」
「お父さま」
雲居雁は父の言葉を真か嘘かと気が気ではなく、目を見開きました。
「わたくしたちを祝福してくださるの?」
「もちろんだよ。夕霧ほどの男を婿とできるのであればこれほど嬉しいことはない」
「ありがとうございます」
雲居雁は涙をこぼしながら嬉しくて父にすがりました。
「かわいい私の娘よ、愛する人と幸せになるのだよ」
内大臣はたとえ自分が負けた形になってもこれでよいのだ、と姫の美しい黒髪を何度も優しく撫でました。
父が去ると雲居雁はぼんやりと裂かれてから今日までのことを思い返しておりました。
その六年は長く辛いもので、一日たりとも夕霧を忘れたことはないのです。
自分はそのように想い続けておりましたが、果たして夕霧も同じ気持ちでいてくれたものかどうか、姫は急に不安になりました。
思えば別れた時の夕霧はまだ十二歳で幼くありました。
今はどのような様子なのでしょう?
自分が成長したように夕霧も変わっているはずです。
そして変わった自分を夕霧は以前と同じように好きでいてくれるのか?
雲居雁は突然そのように不安になりました。
これまでの辛く悲しい日々がどうしても姫を心から喜ばせるようにはしてくれません。
雲居雁は鏡に映った自分の顔をじっと見つめながら、嬉しさ一点、暗い気持ちに沈みこんでしまいました。
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