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紫がたり 令和源氏物語 第四百十話 夕霧(十三)

 夕霧(十三)
 
一条の御息所が身罷られたという報せは瞬く間に京中に広がり、源氏や致仕太政大臣はすぐにお悔やみの使者を送らせました。
山に籠られている朱雀院はかつて愛した人が儚くなられたのを悲しみ、一人残された女二の宮がどれほど心細くあるかと心を込めて手紙をしたためられました。
しかし院はすでに俗世を離れた身、日々無常を噛みしめておられるので、御仏の掌に召されたのも仕方なし、というやはりどこか浮世離れしたもので、父親として娘を心から励まそうというものではありませんでした。
それでも女二の宮にとっては父の手紙がありがたく、伏していた身を起こしてそのお手紙が読まれるのに耳を傾けました。
 
朱雀院消息:
仏門に帰依したこの身とて行動を慎んでおりましたが、このように儚くなるのであれば最期に一目御息所にお会いするべきでした。
それが悔やまれてなりません。
今となっては言っても甲斐のない御息所の死は致し方ないとして、御身がさぞかし悲しまれているであろうとお察し致しますと、気の毒に思われます。
しかしこの無常は世の道理として御心を鎮めてください。
それが御息所への供養にもなりましょう。
 
女二の宮にはそれが道理と頭では理解していても、大切な母君を亡くされたので、今はただ嘆かずにはいられません。
涙で目も開けることができませんでしたが、父院への御返事を女房に託し、また伏してしまわれました。
三条邸で御息所の返事を待っていた夕霧は思わずもたらされた訃報に愕然としました。
まさか夕霧の手紙を読んで失望した御息所が四肢から力が抜けるようにして亡くなられたというのを知りません。
自分の手紙を御息所がご覧になったかどうかというのが気がかりで仕方のない君ですが、それが御息所をこの世に繋ぎとめていた最後の希望を断ち切ったとは考えも及ばないのです。
女二の宮の傷心を思うといても経ってもいられず、この上は自分以外誰が御息所の葬儀を取り計らえようか、とすぐに出立の準備を始めましたが、暦の上ではこの日より三日、日柄がよろしくないということで、女房たちは夕霧を引き留めようとします。
それでも夕霧は自分の心を抑えることが出来ませんでした。
なんとしてでも宮に自分の真心を知っていただきたいとその気持ちに従うことにしたのです。

御息所は生前の遺言で即日葬送を希望されておられました。
夕霧が小野の山荘に着く頃には葬列がすでに出ようとしているところで、お世話していた大和守は近衛の大将のお出ましに恐縮しました。
この人は御息所の妹の息子、つまり甥ということになります。
「もう葬送をなさるのか?」
「はい。御息所がそのように希望されておりましたので」
夕霧はこの人少ない寂しい葬送で御息所をお送りするのが忍びなく、近くの所領の部下たちをすべて呼び寄せて厳かながらも盛大にするよう指示を出しました。
さすが権勢のある右大将の君といいましょうか。
財力も並はずれておりますし、供人も立派なことで大和守はありがたく、その細やかな配慮にいたく感激しました。
そして心裡では女二の宮さまの新しい背であるか、と頼もしく感じておりました。
大和守は近々任国へ赴かなくてはならず、他にお世話する者もいない女二の宮をどうすればよいのか考えあぐねていたところなのです。
右大将がついていてくれるならば肩から大きな荷が下せるというものでしょう。
大和守は恭しく夕霧を女二の宮の御座所へと案内したのです。

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