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紫がたり 令和源氏物語 第四百十一話 夕霧(十四)

 夕霧(十四)
 
辺りには死の穢れを忌み憚るように鈍色の幕が引き巡らされ、屏風によって隔てられておりました。
女房たちの嗚咽がそこかしこから漏れて、夕霧の気持ちも暗く沈むようです。
馴染みの小少将の君がやってきて目に涙を溜めながら、夕霧に弔問の御礼を申し上げると大和守の側に控えました。
この二人は兄妹なのです。
「御病状がよろしくなったように聞いておりましたが、まさか急逝なさるとは。女二の宮さまのご心痛は如何ばかりか察するにもあまりあります」
小少将の君が大将の言葉を取り次いでも宮はこの人との心労が母君を死に至らしめたと考えておられるので御返事もなさりません。
周りの女房たちが尊いご身分の方に対してそれではあまりに、と諌めると、
「わたくしの気持ちを推し量って御返事申し上げてください。わたくしはなんといってよいのやら・・・」
そのまま伏してしまわれました。
さもあらんことでしょう。
夕霧も女二の宮の気持ちを慮り、宮の御心が落ち着かれた頃に再び訪れようと思い直しましたが、どうしても気になるのは御息所の臨終の様子です。
問われた小少将の君は躊躇いました。
どうして御息所が夕霧の仕打ちを嘆かれて命をすり減らしたなどと言えましょうか。
しかしこの一途な君が女二の宮を諦めることはないと思われたので、事実を把握していただかねばなるまい、と少しずつ、夕霧がこの山荘に泊まられた翌朝からのことを順を追って話し始めました。
御息所の嘆き、憤り、そして絶望。
夕霧は己の為したことが御息所を死に追いやった一環であったと知ったのです。
「夕霧さまの責任であるとは申しませんが、宮さまは今は何も考えられずに御身を恨めしく思召していらっしゃるでしょう。時をおいて御心が鎮まる頃においでくださいませ」
夕霧は暗澹たる気分で目の前が暗く塞がれるようでした。
それでも宮から一言でもいただきたいとなかなか腰を上げられない自分が情けなく、やるせなさに打ちのめされて小野を後にしたのです。
帰る道すがら、ゆっくりと上る月がうっすら薄野原を照らして寂寥感が増してゆくようです。

御息所は私を恨まれてあの世に旅立たれたのか。

夕霧は御息所を女の身と軽んじていたところがあったのかもしれません。
たとえ暮らし向きは豊かでなくとも皇女の母としての矜持は誰よりも高く、誇りを持った人でした。
夕霧は恋の熱情に身を委ねて御息所の大切に守ってきたものを踏みにじってしまったのです。
それを思うと悔やまれて、せめて宮を幸せにして差し上げなければならないと痛感するのですが、もつれた運命の糸はそうそう簡単には解けそうにないのでした。

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