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紫がたり 令和源氏物語 第二百十二話 玉鬘(五)

 玉鬘(五)
 
それから大夫監はたくさんの贈り物を姫の元へ届けさせました。
中には舶来の香や立派な調度品。さすが肥後一の大富豪といわれるだけのことはあります。
なかでも立派な装束の一揃えは婚姻の晩に身に着ける為に贈られたものでした。
「まぁ、こんな田舎でよくこれだけ立派なものが手に入るものですわねぇ。姫が羨ましいですわ」
姫の世話をしていた女房は数々の見事な品々に目を輝かせました。この人はこちらに移ってから雇い入れた地元の人なのです。姫の事情などまったく知らない暢気な女房にはそれらはすべて贅沢で素晴らしい物ばかり。
姫の結婚を素直に幸運と羨むのが姫にとっては辛いところです。
「わたくしは気分が優れませんので、下がらせていただきます」
几帳の向こうで座を立つ姫の気配を女房は気に留める様子もなく、目の前の品々に心を奪われておりました。
 
寝所に引き籠った姫はまた物憂げに項垂れております。
あと半月もすれば大夫監は姫を娶りにやって来るでしょう。
これが自分の運命なのだろうか、とぼんやりと諦めの気持ちも頭を持ち上げるのです。これまであの監の振る舞いに怖じて考えないようにしておりましたが、もしかすると根は純朴で優しい人なのかもしれない、そう考えてみました。
姫を気遣ってこのように恥をかかないよう、あらゆる贈り物を遣わせるのも心遣いあってこそ。
姫はその監を始めから粗野で田舎者と決めてかかっていた自分を反省しました。
先程の女房は名士と結婚できる姫を羨んでおりました。
食べるために勤めに出ている彼女にはあの贅沢品の山は夢のような光景であったでしょう。それを思うとみなが羨む結婚が今自分に訪れようとしているのです。
姫は数日そのようなことを考えつづけ、そしてとうとう心を決めました。
 姫は乳母に豊後介、次郎、三郎と娘たちを御座所に呼ぶよう頼みました。

豊後介は何事かと訝しげに御簾の前に控えました。
ただならぬ、としか思えないのです。
すると姫はやはり思いもよらぬ言葉を口にされたのです。
「わたくしは大夫監と結婚しようと思います」
その言葉に乳母は驚き、打ちのめされました。
「何をおっしゃるのです。姫の御身分とは釣り合いませんわ」
「わたくしの身分がこれまで何の役に立ったというのでしょう」
「しかしそれでは父の遺言を守れなくなってしまいます」
豊後介は狼狽して姫に考え直すよう諭しました。
しかし次郎と三郎は顔を見合わせてにやりと笑い合いました。
「姫、よくぞ決心してくださいました」
「まったくもって。監はあれでいて優しい男ですので、きっと姫を大切にしてくださいますぞ」
「いけません、姫。夕顔さまにも顔向けができませぬ」
尚も食い下がる豊後介に姫は優しく語りかけました。
「これまであなた方には随分お世話になりました。あなたたちにはこの地で大切な家族もあるでしょう。もうこれ以上はわたくしのことを気に掛けなくてよいのですよ。結婚してみれば大夫はよい夫となるかもしれないではないの」

「そうですとも。何より姫を守ることのできる頼りがいのある方ですからな」
次郎と三郎はほっと胸を撫で下ろしました。

「ああ、なんということでしょう。こんな田舎に姫を根付かせるなんて、お父上が知れば大臣家の威信を汚されたとお怒りになるでしょう」
「会ったこともない父はわたくしを助けてはくださいません。あなた方は充分わたくしに尽くしてくださいました。その恩義にわたくしが報いる時なのです」
そうして優しく微笑む姫が美しく清らかで、いたわしい。
乳母は目の前が暗くなるような心地で、臥してしまいました。

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