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紫がたり 令和源氏物語 第二百十三話 玉鬘(六)

 玉鬘(六)
 
姫の話が終わると、次郎と三郎は二人そろって大夫監によい知らせを、と意気揚々と馬を駆って出掛けてゆきました。
残った乳母と長男の豊後介、二人の娘たちはこれで良いものか、と相談を始めました。
少弐の長男・豊後介は父の遺言を違えてはならないと胸に刻む誠実な心の持ち主なのです。
「母上、姫様は我々を思い遣りあのような決心をされたのです。これはいけません。亡き父も浮かばれません」
「そうですわ、お母様。兄上たち(次郎と三郎)は大夫監の財力に媚びてすっかり腰巾着になり下がってしまいました」
「長年姉妹のように親しんできた姫だけを生贄のようにしては神仏もお赦しにならないでしょう」
二人の娘たちもそう兄(豊後介)を支持します。
「ああ、でもどうしたらよいのでしょう。姫はもう運命と受け入れてしまっているのですよ。それに上洛するとなるとお前たちも辛いことになるではないの」
乳母は途方に暮れて深い溜息をつきました。
「次郎と三郎が肥後の国に向かったこの隙をおいて逃げる機会はなくなります。あやつらは監にもてなされてしばらくは戻らないはずですよ。姫を連れて京に向かいましょう」
豊後介は弟たちが大夫監に買収されたことを情けなく思い、今姫を京へお連れしなくては手遅れになると判断したのです。
しかしながらこの土地を捨てる、というのは大きな決断です。
豊後介にはこの地出身の妻がおり、子もあるのですが、それらを捨てての上洛となるでしょう。
二人の妹にもそれぞれ家族はありましたが、兵部という名の下の妹は幸い子が無かったので、姫と共に都へ上る道を選び、姉の方はこの地に留まるという決断を下しました。
「兵部、出発は明後日の明け方。お前は夫と二度と会えないかもしれないのだから、一度家に戻りなさい」
「はい、兄上」
「でも監に気取られてはならないから、私たちの計画は夫に漏らしてはいけないよ」
「わかりました。お兄さまもお辛いでしょう」
「それは仕方がない。生きていればいつかまた会えると信じて旅立とうではないか」
「そうですわね」
そうして妹たちはそれぞれ夫の元へと帰ってゆきました。
 
乳母は急ぎ姫の御座所へ向かうと、例の女房を下がらせて姫に家族の決断を伝えました。
「まぁ、家族を裂くようなことをしてはならないわ」
「よく聞いてくださいませ、姫様。わたくしは夫に姫を必ず京へお連れすると約束いたしました。もしも今ここで行動しなければあの世に行く時に心残りとなるでしょう。これはわたくしの為でもあるのです」
「でも、監が気付いて追ってきたらどうするのです?」
「ですから一刻も猶予はないのです」
「ああ、考えるだけでも恐ろしいわ」
姫は顔を青くして震えています。
「勇気をお出しください。そしてきっとお父上さまにお会い致しましょう。今は天下の内大臣となられた御方ですからきっとお力を貸してくださいますとも」
突然に再び回り始めた運命の輪に慄きながら、姫はこの人達について行こうと心を固めたのでした。

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