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紫がたり 令和源氏物語 第二百六十話 行幸(四)

 行幸(四)
 
年が改まり、盛大な正月の祝いが一段落した頃、源氏は考えておりました。
玉鬘を宮仕えに出すにあたっては越えなければならない内大臣という大きな山があるのです。女官になるには禊など行い、氏神に参拝などして身を清めてからの出仕ということになりますので、いつまでも氏素性を偽っていては祖神の怒りにさわろうというものです。
玉鬘姫は内大臣の娘なので藤原一族の氏神・春日明神に詣でなければなりません。
それに内大臣の娘ということは、近頃お加減の悪い大宮(内大臣と葵の上の母)の孫ということになります。もしもこのまま大宮が身罷ってしまわれるようなことがあれば、大宮がもう一人孫がいることも知らず旅立たれることになります。
貴族の姫として裳着(もぎ)も執り行わなければならないことからいっそこれを機に玉鬘の存在を内大臣に明かそうと覚悟を決めました。
 
裳着は貴族の姫の成人の儀にあたるものです。
正式な装束として唐衣を纏い、裳を結うのです。
その大事な裳を結う役に源氏は内大臣を指名しました。
内大臣が源氏からの申し出をあまりにも突飛だと訝しく思い、断りをいれてきたのは想像に難くはないでしょう。
表立っては三条の大宮のご病気が重篤であるので辞退させていただきたい、ということでしたが、この役だけはなんとしても内大臣に果たしてもらいたいと願う源氏の君です。
夕霧から大宮のご病気のことは聞いておりましたので、もしも大宮が亡くなられるようなことになれば孫の玉鬘も喪に服さなければなりません。
どのみち早く手を打たねば、と源氏は三条邸の大宮をお見舞いしました。
 
大宮のご病気は重篤とまではいかないものの、脇息にもたれ掛るのもやっとのようでお気の毒なご様子でした。
「長く顔を見せにも参りませんで、申し訳ありませんでした」
源氏は葵の上の母であるこの大宮に深々と頭を垂れ、敬意を表します。
大宮には義理の母として世話になり、夕霧を立派に養育してくれた大恩があるのです。
「大臣たるあなたが直々にお越しくださるなんてもったいない。おかげでわたくしは命が伸びる気がいたします」
昔と変わらぬ優しい物言いを源氏は懐かしく聞いておりました。
「ときにお義母さま、内大臣はこちらに頻繁にお越しになりますか?」
「それがなかなか顔を見せてくれない薄情な息子なのですよ」
大宮は雲居雁にも会わせてくれない内大臣を恨めしく思っております。
「実は内々にお話したいことがありまして、こちらに呼んでいただくということはできましょうか?」
「夕霧と雲居雁のことですか?わたくしもこの二人をそのままにしておいては死ぬに死にきれません」
「いえ、それとはまた別なお話で。実は私の元にいる玉鬘姫が内大臣の御子であるとわかったのですよ。経緯がいろいろと複雑で詳しくお話できませんが、わかった以上は大臣にお知らせしたいと思うのです。大宮にとっても孫であるのですから」
「まぁ、わたくしに孫がもう一人いたということですか?それは大変なことです。すぐに内大臣を呼び寄せましょう」
大宮は力の入らなくなった指先を震わせながら、文をしたためました。
源氏はその御姿を御簾越しに垣間見て、もう大宮も長くないのではないかと悲しくなりました。

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