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紫がたり 令和源氏物語 第二百六十一話 行幸(五)

 行幸(五)
 
内大臣は大宮から文を読んで首を傾げておりました。
源氏の大臣がお忍びで三条邸を訪れ、折り入って話があるというのでお越しください、という旨のものです。
さてはとうとうあちらが折れて夕霧に雲居雁をという話か、そう内大臣は内心ほくそ笑んでおります。大宮の容体などを聞いてさすがの源氏も意地を張るのをやめたのかと勝った気分でいるのです。
こちらこそしびれを切らして待ち望んでいたのだから、せいぜい三条邸で首を長くして待っているがよい、などと機嫌よく身支度を整え始めました。
そうしてゆっくりと時間をかけて内大臣が三条邸を訪れた頃には陽もとっぷりと暮れておりました。
源氏が冴えた月を眺めながら、なかなか現れない内大臣を相変わらず意地っ張りで気を持たせることよ、と口の端に笑みを浮かべて待っていると、当人が慌てた風でもなく、
「いや、用事が多くてお待たせした」
そう飄々然とようやく現れたのでした。
「源氏よ、久しいな」
どれほど二人で会うということがなかったのか、互いに年を重ねた顔をつき合わせると感慨深いものがあります。
内大臣は念入りに身支度を整えてきたようですが、歳の割には明るい色を召されているのが、若作りな、と源氏には思われます。
その源氏の屈託のない笑みを見て内大臣はこの男は昔と変わらずに男が見ても心奪われるような美しさであると呆れておりました。
 
互いに笑みを交わすとまるで昔に返ったような感覚が甦ります。
若く競い合った親友同士の楽しかった日々、源氏が須磨に隠棲した時にはこの友ははるばる訪ねてきてくれたのでした。
政治家として相対したものの、やはりそれを離れれば懐かしい気持ちが溢れてくるのです。
「酒でも運ばせようか」
内大臣もいつしか昔に返ったようですが、源氏は大切なことを打ち明けなければなりません。
「その前にあなたにお詫びをしなければならないのだよ」
内大臣も雲居雁のことかと背筋を伸ばします。
「実は私のところにいる玉鬘姫はあなたの娘なのだ」
源氏の告白を内大臣は瞬時には理解できませんでした。
「いや、昔の話だが、いつかの雨夜にあなたが懐かしんでいた“常夏の女”がいただろう。私はそれと知らずに通ってね。姫がいるのもついぞ知らなかったのだが、その見つけ出した撫子が玉鬘姫なのだよ」
「なんと・・・」
内大臣は近頃気になって仕方なかった生き別れた娘が玉鬘姫であったことに衝撃を受けました。
「それでは“常夏の女”は、もう・・・」
「亡くなりました。だいぶ昔のことになりますが。そしてよくよく調べてみると姫がいたことがわかり、行方を探しても姿をくらました後だったんです」
「姫はどちらにいらしたのですか?」
「乳母と共に筑紫にてご成人あそばされました」
内大臣は涙がこぼれて次の言葉が出てきませんでした。
 
あの夢占の優れた姫とは玉鬘のことを言っていたのだ。
生き別れたあの撫子がよくも無事で・・・。
 
そう思うにつけても優しく素直だった愛しい女の顔が思い浮かびます。
「ですから姫の裳着の腰結いをあなたの手でしてもらいたいのですよ。どうかお願いします」
源氏が熱心に懇願するので、内大臣は何度も頷いて娘恋しさに涙を流されたのでした。

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