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紫がたり 令和源氏物語 第百三十八話 澪標(六)

 澪標(六)

源氏が住吉大明神に参詣すると聞き、同行を希望する上達部が数多くあったので、その行列たるや帝の行幸にも匹敵するほどの規模になりました。
貴族達が贅をこらした車を何両も連ね、供の衣装も真新しく揃えたものをこれみよがしに誇らしく胸をはるので、それは賑々しい大行列で道を進んでいきます。
ちょうど折も折、明石の上も例年通りの住吉詣でに訪れていたのでした。
明石の一行が船で住吉の岸に着こうとすると、陸が何やら騒がしく、立派な奉納の品を携えた大行列がお社に向かって進んでいくのが見えました。
人に尋ねさせると、それが源氏の大臣の一行だということで明石の君はなんと間の悪いこと、と恥ずかしくなりました。
「源氏の内大臣の御参詣を知らぬ者があるとはとんだ田舎者よ」
そう口さがなくのたまう雑色の言葉にも顔が赤らむ思いですが、よりにもよってこの日に会うなど、賤しい身の上を思い知らされた気分です。
明石の上の従者達は明石で知りあった源氏の従者たちが立派な装束を纏い、すまし顔で通り過ぎていくのを不思議そうに眺めておりました。
気心知れた人がまるで別世界に生まれ変わったのではないかと思われるほどで、天の上の人達であったのだなぁ、と感慨もひとしお。
あの右近丞は出世して今は靫負となり、物々しい髄人を従えた立派な蔵人であります。あの明石の上に想いを寄せていた源良清も衛門府佐となり、五位の緋色の袍を艶やかに着こなしているのが様になっているのでした。
源氏の一行を見物する人達に混じりながら、明石の君は改めて自分が夫とした人がとんでもなく尊い御方であったと思い知らされました。
何より衝撃を受けたのは源氏の愛息・夕霧の君の美しく堂々とした佇まいに権門の威光を感じずにはいられませんでした。
同じ源氏の子でもこちらはうらびれた明石の田舎に見捨てられたように思われて、何とはなしに侘しく感じられるのです。
「このご威勢の前では、神にもわたくしたちの存在など霞んでしまうに違いありません。今日は難波にでも船をとめてお祓いだけするとしましょう」
そうして明石の一行は悄然と船を漕ぎ出したのでした。

明石の上が惨めな気持ちで退散したのを知らぬ源氏は夜通し神楽などを奉って神事を執り行いました。
流浪して励まし合った者たちは須磨で難をお救い下さった住吉大明神の御神徳を褒め崇めて御礼奉る。
惟光も源氏の傍らでこの日が来たことをしみじみと噛みしめておりました。

惟光:住吉の松こそものは悲しけれ
        神世のことをかけて思へば
(須磨・明石をさすらったあの頃を思い出すと、せっかく住吉の神に詣でてもどことなく物悲しく感じるものですね)

 源氏:荒かりし浪のまよひに住吉の
         神をばかけて忘れやはする
(須磨の波が荒々しく、もう少しで命を落とすところであったと思いだすと、住吉大明神の御神徳が霊験あらたかであったと感じずにはいられまい)

源氏もあの頃の辛さを思い出しているのでした。

「そう言えば、殿。どうやら明石の御方様が大明神への参詣ですぐ側までいらしていたようでございます」
「何?そうであったか」
「どうやらこちらの行列に遠慮したようで」
「それは気の毒なことをしてしまった」
あの人の気品ある物腰を思い出すも可哀そうなことをしてしまったと悔やまれます。
主の表情を読み取った惟光はせめて消息だけでも届けられてはどうか、と筆を差し出しました。
惟光という男は相変わらずものわかりのよいもので、明石の一行がどちらに向かったかなどをしっかり把握しているのでした。

次のお話はこちら・・・

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