紫がたり 令和源氏物語 第百三十九話 澪標(七)
澪標(七)
明石の上は翌日住吉大明神に供物を捧げて、無事に旅の目的を果たしました。
そうして明石の邸に戻ると、そこには源氏からの使者が手紙を携えて畏まっておりました。
みをつくし恋ふるしるしにここまでも
めぐり逢ひける縁は深しな
(身を尽くしてあなたを恋い慕った私の想いが届くでしょうか。このようなところでもめぐり会えるとは私達の宿縁の深さが思われますね)
自分の存在さえ知られていないと沈んでいた明石の君は源氏からの文に感動をおぼえ、畏れ多くもありがたいと涙をこぼしました。
父親の明石の入道も住吉大明神で源氏の君と行き会ったことを使者から聞いて、やはり神が取り持った宿縁であると不思議な感慨を覚えるのでした。
「源氏の君の大行列の噂ははやこちらにも届いておるぞ。それにしても長年の宿願が叶えられるという、まさに宿縁ではないか。ありがたいことだ」
入道は源氏の懐かしい手蹟に涙をこぼしながら喜んでおります。
「お父様、まるで帝の行幸のような盛大さで、わたくしはこの身の賤しさに消え入りたいばかりでしたわ」
「姫よ、あのような御方の子を授かったのだ。小さい姫の五十日(いか)の祝いも忘れることはなさらなかった。けして我々を見捨てることはなさるまい。ささ、早くお返事を差し上げなさい」
明石の上は海を思わせる薄藍が美しい料紙を選ぶと、さらさらと返歌をしたためました。
額髪がさらりとこぼれる様子も美しく、品のある姫の姿に満足の笑みを浮かべる入道です。
数ならで難波のこともかひなきに
などみをつくし思ひそめけむ
(ものの数にも入らない賤しいわたくしがあなたを思い遣ってもなんのお役にもたてないとわかっているのに、どうしてわたしは身を尽くしてあなたを想いそめたのでしょうか)
源氏はこの詠みぶりに心を大きく動かされ、しばしなりとも明石の人に逢いたいものだと思わずにはおれません。
帰京の間中明石に想いを馳せて、難波の遊女達が春を売りに媚びて見せるのも、厭わしく目にも入らず、かの人を恋しく思われるのでした。
源氏は姫の養育の為にも明石の母子を京に迎えようと決意しました。
二条邸東院が完成すればすぐにでも呼び寄せる心づもりです。
そしてその心積もりをするように、と手紙をしたためました。
誰あらぬ入道が一番この手紙を喜んだことは言うに及びません。
「姫を都に迎えると書いてあるではないか。めでたいことだ」
「あなた、まだいつともわからぬものを先走って喜ぶのはおやめなさいな」
さすがに母君は慎重です。
「何を言うのだ。小さい姫はきっと皇后にも上られるほどに出世するぞ。それをこんな田舎で養育しては障りがあるのをちゃんと源氏の君は考えておっしゃっているのだ」
「皇后だなんて畏れ多い」
「姫、都へ上る心積もりをしておきなさい」
「はい」
明石の上は源氏の配慮を嬉しく思い、改めて上洛について考えました。
やはり幼い姫の将来を思えば姫の物心がつかないうちに京に入るのが一番でしょう。
しかし田舎に馴染んだこの身が都で暮らしていけるのか不安でなりません。
何より源氏の愛妻・紫の上の存在が明石の上には大きく思われて、己を引き比べて卑下してしまうのです。
所詮この身は源氏が零落して流された折の仮初の妻。
遠く都の紫の上を想う姿を何度目の当たりにして打ちのめされたことでしょうか。
いまひとつ踏ん切りがつかず、深い溜息を漏らすのでした。
次のお話はこちら・・・
みなさん、もう10月ですね~
ようやく涼しくなりましたし、紅葉でも観に行きたくなりますね。
オシリスさん・・・
箱入り息子なんだから、帰ってこれなくなっちゃうヨ(汗
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