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紫がたり 令和源氏物語 第三百九十話 横笛(七)

 横笛(七)
 
翌日六条院を訪れた夕霧は、父が明石の女御の御殿にいるということで、久々に若宮たちのおられる御座所にやって来ました。
そこには二の宮と三の宮(後の匂宮)がおられるようです。
夕霧を目敏く見つけた弟君の三の宮は、喜んでやって来られました。
「大将よ、宮をお抱き申し上げて、あちらへ連れて行ってちょうだい」
抱っこをせがみ、両手を差し出すのがたいそう可愛らしい様子です。
三歳になられた幼い宮は女房たちが自分に対して使う敬語をよくわからずにお使いになっていられるので、ちぐはぐなのがまた愛嬌があるのです。
「参上したからには紫の上さまの御簾の前を素通りすることはできません。ご挨拶せねば」
そういって三の宮を抱き上げると、
「じゃあ、私が大将の姿を見えないように隠してあげる」
などと無邪気に袖で夕霧の顔を覆い隠そうとするのがまた微笑ましい。
「大将、僕もだっこして」
羨ましくて二の宮もたまらずに駆け寄ってきます。
大将というむくつけき肩書にはそぐわない細身で長身の美しい夕霧は人懐こい笑みで子供たちに大人気なのでした。
「僕の大将であるのになぁ」
と臍を曲げる三の宮を源氏は軽く窘めます。
「近衛の大将は主上をお守りするお役目ですぞ。三の宮さまはどうにも兄宮には負けたくないと意地ばかり張って、よろしくありませんな」
「はぁい」
「夕霧、ここでは落ち着いて話もできまい。あちらの御座所に参ろうか」
そう源氏は先に自分の御殿へと向かうのを今一人の子供がもじもじとしているのを見とめました。
夕霧は薫をまじまじと側で見たことが無かったので、笑って側に呼び寄せました。
「薫君もこちらへいらっしゃい」
そうして走り寄ってきた子を見て言葉を失いました。
その目元、口元はあの柏木にそっくりであったからです。
 
これでは父上が真実に気付かぬ筈はなかろうな。
柏木よ、笛を伝えるべき子はやはりここにいたのだね。
 
まるで親友に再会したように懐かしさが込み上げてくる夕霧です。
 
それにしてもなんと美しく気品のある子であろう。
ここにおられる皇子たちと比べてもどこか品があり、勝って見える。
 
さて、夕霧はこの子をどうした心持ちで父が養育しているのか、とても気になるところです。
本来であれば薫は臣下であるので、宮さま方と一緒にするべきではありませんが、女三の宮へ配慮して同じように扱い、親しませているのでしょう。
柏木の子であると知りながら、父の心裡は如何なものであるのか、と夕霧は好奇心を抑えられないのでした。

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