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紫がたり 令和源氏物語 第四百四十八話 幻(十七)

  幻(十七)
 
あと数日でこの年も暮れる、新年早々には仏門に帰依することになろう、そう思うとさすがに紫の上の手紙を遺してはおけないと源氏は意を決しました。
束ねていた綾紐を解くと、紫の上の懐かしい美しい手跡が現われました。
古歌にある「かひなしと思ひな消ちそ水茎の跡ぞ千年の形見ともなる」というように、まさに千年先も賛美されるほどの手跡ではありますが、仏道に専念する者が持つには相応しくはないのです。
やはりこの手で紫の上の元に送ってあげるのがよかろうと源氏はひとつひとつを手に取って念仏を唱えました。
古い物では少女の頃に書かれたものまで混じっておりました。
些か拙い手跡ではありますが、それこそ千年先まで手本となるような片鱗がすでに見え隠れしております。
 
あまりにも私達は長く時を共にしすぎた。
かといってあなたなしでは味気ない人生であるということはこの一年で充分に思い知ったよ。
あなたは夢にも現われてくれないが、それはよき来世に恵まれたのだと考えて祝福するべきなのだね。
願わくばまたあなたと巡り合えますように。
私はその功徳を得る為にも仏弟子になろうと思うのだよ。
 
そうして彼方の上に心裡で語りかけながらも、知らずこぼれ落ちる滂沱の涙は上恋しさか未だ悲しみのなかにあるものからか。
 
死出の山越えにし人を慕ふとて
    跡を見つつもなほ惑ふかな
(すでに彼岸を渡った上を慕い、仏門に帰依しようというのに、まだ私の心は惑うているのだよ。なんと女々しいことであろうか)
 
源氏はこの期に及んでも掻き乱される心をなかなか鎮めることができませんでした。
 
かきつめて見るもかひなきもしほ草
                               おなじ雲井の煙となれ
(掻き集めてみても甲斐のない消息<もしほ草>なれば、紫の上が上っていったあの天に煙となって上るがいい)
 
煙が大空に吸い込まれるように見えなくなるまで、源氏は念仏を唱え続けたのでした。

次のお話で最終話となります。




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