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紫がたり 令和源氏物語 第百九十八話 少女(七)

 少女(七)
 
三条邸を離れるにつれ、徐々に冷静さを取り戻していく内大臣ですが、いつまでたっても怒りは消えません。
雲居雁を東宮妃にと考えていた目算が外れて悔しくて仕方がないのです。
その野望を挫いたのがまたもや源氏に縁ある者というのが癪に障ってどうにもなりません。
自邸に戻っても眠れるはずなどなく、人払いをしてひたすら物思いに沈んでおられます。
それにしても子が親の思うようにはならぬ、というのはいつの時代でもよくある話のようです。
よくよく考えてみれば夕霧との結婚は悪いものではありません。
位こそまだ六位と低いものの夕霧ほど優れた若者はなかなか見つからないでしょう。
自分の子を贔屓として見ても夕霧の優れたところが目についてしまうのですから、内大臣の婿にするには申し分のない相手なのです。
しかし状況が芳しくありません。
大臣の姫ともあろう者が本来ならば深窓にかしずかれる身ですから、従姉弟という近しいところで縁組みするのも世間体としてはみっともないのです。
事実を隠そうにもおのずと世間に知れ渡り、雲居雁は嗜みもない軽い存在として世に認知されるでしょう。
そうして娘が侮蔑の対象になるのは気位の高い内大臣には耐えられぬことなのです。
どのみちあの二人は一緒には置いておけぬ、内大臣は雲居雁を手元に引き取って疵物という烙印だけは押されぬようにせねば、と決意しました。
それから二日ほど経ち、内大臣は再び三条邸を訪れました。
大宮は愛息が足繁く三条邸に通い、雲居雁を気に掛けてくれるのがうれしくて身支度を整えて出迎えました。
しかし内大臣の表情はすぐれません。
「母上、ここに来るのが苦痛で苦痛で仕方がありませんでしたが、やむを得ず参った次第でございますよ」
「まぁ、いったいどうなさったというのでしょう?」
「なんと、しらばっくれるおつもりですか?雲居雁と夕霧のことですよ。私は何も知らずに雲居雁を東宮妃に、などと。陰で嗤われているとも知らずによくぞ言ったものです」
「何を仰っているのですか?」
「女房たちでさえ噂しあっているのに母上がご存知ないはずがない」
大宮は心底驚いておりました。
 
 まさか夕霧と雲居雁が・・・。
 
まだほんの子供とばかり思っていたものを、知らず成長しているものだなぁ、などという感慨は込み上げてきますが、内大臣が激怒するのも頷けるので言葉も出てきません。
「この際、弘徽殿女御を宿下がりさせようと思います。つきましては雲居雁を我が邸にお相手役として引き取ろうと思います」
「急な仰せではありませんか。今日まで大事に慈しんできたものを」
大宮は葵の上を失ってから雲居雁を我が子のように大切に育ててきたので、それを奪われるのは辛くて仕方がないのです。
「母上、お気持ちはわかりますが、よくお考えください。起きてしまったことはどうにもなりません。しかしここにこのまま雲居雁を置いておくわけにはいけませんよ。女房達などから事の仔細が漏れるのは時間の問題でしょう。そうなれば恥ずかしい目に遭うのは雲居雁ですよ。世間の笑いものになるでしょう。かわいそうに・・・」
内大臣は我が子不憫と目を潤ませました。
「せめて手元に引き取り守ってあげたいのです。大臣家におればそうそう気軽に寄る者もないでしょうから」
その辺の事情や世間のことはわかりますので、大宮は泣く泣く従うしかないのでした。

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