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紫がたり 令和源氏物語 第五十六話 花宴(四)

 花宴(四)

源氏は花の宴でしばらくぶりに左大臣と顔を合わせたのが気まずく、大臣(おとど)は内心さぞかし自分のことを恨んでいるだろうと後ろめたく感じたので、左大臣邸へ足を向けることにしました。
葵の上はいつものようになかなか挨拶にも出てこないので、端近で琴を爪弾いていると左大臣がやってきました。
「源氏の君。花の宴は見事なものでしたなぁ。私は四代の帝に仕えておりますが、あれほど文学的にも優れたものはそうそう見ませんでした。宰相としてよくお働きですね」
その優しげで愛情満ちた物言いはまこと実の息子に接するようでありがたく、
「私などまだまだです。頭中将の『柳花苑』こそ秀逸でございました」
慎ましく頭を垂れました。
普段は葵の上のことなどで複雑に思う左大臣ですが、やはりこの方こそ得がたき人よ、と感じずにはいられません。
そこへ頭中将もやって来たので、各々楽器の調子を整えて合奏ということになりました。
源氏は葵の上との縁だけではなく、このように温かい家族が自分にはできたのだということをこうした時ほど嬉しく感じます。
男同士の会というのも悪くはないものだと思うのでした。

さて、例の朧月夜の姫は源氏との儚い恋を密かに嘆いておりました。
このままこの恋は終わってしまうのであろうか、と思うだけでも胸がつまるように苦しくなるのです。
実はこの姫は右大臣の六の姫。
四月には春宮妃として入内する姫なのでした。
姫は源氏の君を忘れることが出来なくなっておりましたが、姫の想いは政治には邪魔なだけのもの。以前ならばいざしらず、源氏を知った今ではとても他の殿方の元へなど行きたくはありません。
たとえそれが春宮であったとしても、自分の気持ちを偽りたくはない、とこの姫はそれほどにまっすぐな人なのでした。


三月の二十日頃。
右大臣のお邸では賭弓(のりゆみ=賞品をかけて弓で競うこと)の試合があったので、名だたる親王や公達が大勢集まっておられました。
庭の藤がひときわ美しく、趣深くあったので、貴族たちはそのまま藤の宴を催そうということになりました。
右大臣は近々裳着(もぎ=女性の成人の儀)を迎える娘たちの為に邸を新しくしたばかりで、多くの人に見せびらかしたくて仕方がありません。
この美しく輝く寝殿は権勢の証、とばかりに鼻が高いのです。
右大臣という人は昔から派手なことが好きな御仁で、人に崇められるのを喜んだので、今日も名だたる殿上人を招かれたのでした。
もちろん源氏も招かれたのですが、亡き母・更衣と弘徽殿女御との確執などもあり、そうそう気安く行き来できる間柄ではありません。源氏は謹んで遠慮したのです。
「この立派な様子をみれば源氏の君とて我々を軽んじることはあるまいに」
右大臣がそう公言するように、この大臣(おとど)は昔から光る君に対して鬱屈した思いがあるようでした。

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