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紫がたり 令和源氏物語 第五十七話 花宴(五)

 花宴(五) 

宴が始まると、やはりここに源氏の君がおればどれほど箔がつくことか、と思われたのでしょうか。
右大臣は源氏を迎えに行くようにと愛息を遣いに出しました。

  わが宿の花しなべての色ならば
      何かはさらに君を待たまし
(我が家の藤が他と同じような様子ならばこのようにしつこくお誘いいたしません。はや参られませ)

源氏は帝の御前に伺候しておりましたので、父帝にこの文を見せて相談しました。
帝はお笑いになって、
「これはまた、右大臣は強気だな。格別のお誘いのようだから行ってあげなさい。あの邸はお前の腹違いの兄妹たちが育った家なのだから遠慮することもなかろう」
そうおっしゃるので、源氏はもしやあの朧月夜の姫に逢えるかもしれない、と密かにときめいて、出かけることにしました。
そうなりますと父帝も源氏の身支度を手伝うように、女官達に数々の衣裳を運ばせて、これは軽々しい、これは堅苦しすぎる、などと御手ずから装束を選ばれるのもありがたく、父の愛を嬉しく感じる源氏の君なのでした。


宴も佳境に入った頃、源氏は右大臣邸を訪れました。
みな正装の濃い色の直衣を身につけておりますが、源氏は身分柄くだけた服装が許されております。
桜襲(さくらがさね)といって、表地は光沢のある白い羅(うすもの)に裏の紅が透けて見える艶めかしいもので、下襲(したがさね)は葡萄染め(えびぞめ)という落ち着いた赤紫の袴を合わせたものです。
藤の精霊が舞い降りたかのようなたたずまいに、宴の一同は息を飲みました。
「今晩はお招きにあずかりまして、ありがとうございます。まこと立派な御殿に見事な藤でございますね。拝見しなければ後悔するところでした」
神妙に挨拶をするだけでその場は華やぐようです。
早速右大臣のすぐ側に座を設えさせると、上等なご酒をふるまわれます。
源氏が恐縮しながらその杯を干すと、右大臣の機嫌はことさらによくなり、管弦の遊びはたいそう盛り上がりました。


夜が更けて、源氏は隙をみて宴を抜け出しました。
右大臣の姫君たちは新築された寝殿から見ていらっしゃるに違いないと当たりをつけた源氏は、酔ったふりをしてそちらに歩いていきました。
「ああ、もう今日はたくさん飲まされてしまいました。大臣(おとど)の盃は断れないので、私を可哀そうと思うならば、どうか匿ってください」
そう御簾の内を覗きこむと、
「そんな下々のようなことをしてはいけませんわ。源氏の君ともあろう御方が」
女房達は慌てましたが、源氏は素知らぬふりです。
一か八かというつもりで、
「扇をとられて困ったという方はおりませんか?」
と呼びかけました。
これは催馬楽の「高麗人が帯をとられてからき目をみる」をもじったもので、扇を交換した姫がいれば答えてくれるに違いないと思ったからです。
「私はほのかに見た月の幻にまた逢えないものかとここに迷いこんでしまいましたよ」
そう源氏は溜息をつきました。
「月が隠れていたとしても、想いが深ければ道に迷うことはありませんのよ」
聞こえてきたその涼やかなる声は、間違いなくかの朧月夜の姫なのでした。
「六の君?」
そう驚かれたのは隣に座す五の君なのでしょう。

ああ、この方は六の君であったか・・・。

愛しい姫を見つけた喜びも束の間、春宮である兄宮の許嫁であったことを知ると、あの穏やかで優しい兄君に申し訳ないと心が痛む源氏の君なのでした。

次のお話はこちら・・・


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