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紫がたり 令和源氏物語 第二百二十五話 初音(五)

 初音(五)
 
正月の十五日、今年は男踏歌が催されることになりました。
踏歌とは唐から渡ってきた宮中行事です。
漢語の歌に舞などをする女踏歌というものもありますが、男踏歌は若殿たちが催馬楽(さいばら=古歌を雅楽風にアレンジしたもの)などの和語をとりまぜて貴人の邸をまわるのです。
源氏は普段こうした催しを見られない女君たちを思い遣り、みなで春の御殿にて見物できるようにと座をしつらえて招きました。
花散里の君や明石の上と尼君の御座所をしつらえ、玉鬘姫は紫の上と明石の姫と共に見物できるようにしてあります。
玉鬘はこの時初めて紫の上と対面しましたが、右近の君が言っていたように春の女神のような気高い姿に目が洗われるように思いました。
そして小さい姫の愛らしいこと、この二人の周りには温かい春の日差しが満ちています。
紫の上という人は麗しいだけでなく、実の子ではない小さい姫を心から慈しんでいるようでした。
「ちい姫、玉鬘のお姉さまにごあいさつをなさい」
「はい、お母様。玉鬘のお姉さま、はじめまして」
小さい姫がにっこりと笑うと花がこぼれるような愛らしさです。
このような眩しい人たちがこの世にいるなんて、そして同じように親しく交わることができるなんて、と玉鬘は改めて別世界に生まれ変わったような心地がするのでした。
 
男踏歌の行列は内裏を出発してから、先の帝であった朱雀院の元へ向かいそれから六条院にやってくるので、一行が到着するのは夜明け前でした。
先頭を務めるのは夕霧です。
夕霧は中将になり、今では押しも押されぬ若手一番の注目株です。
持って生まれた美しさと品性に加えて、明晰な頭脳と実直さが大人気の立派な公達へと成長しました。
紫の上は控えめで美しい玉鬘姫に好印象を持ったので、そっと耳打ちをしました。
「夕霧の中将のお隣におられる方が柏木の中将、内大臣様の御子息ですよ」
玉鬘は御簾の向こうに初めて肉親と呼べる存在を見たのです。
幼い頃に見た父の顔はもう覚えておりません。
母と別れて以来自分は天涯孤独と思っていたものが、血を分けた弟がそこにある、それだけでうれしくて涙がこぼれます。
「そのうちに内大臣様ともお会いできましょう」
紫の上の優しくいたわるような言葉がありがたく、
「紫の上さま、ありがとうございます」
玉鬘は深々と頭を下げました。
 
夜がほんのりと明けていくなかで、若者たちは「竹河」という歌を謳いはじめました。
のびやかな歌声が木霊して、舞人の袖振る様子もゆったりと雅やかです。
源氏は歌頭を務めた夕霧の姿を眺めて父親の顔を覗かせました。
「夕霧の声は美声と言われる弁の少将にも劣らないでしょう。私のようにならないようにと学問をさせましたが、どうして風流の道もなかなかのものですよ」
最後に「言吹(ことぶき)」という祝詞が唱えられて男踏歌は終了しました。
普段は邸奥にて暮らしている女君たちとその女房は若くて美しい貴公子達を身近に眺めて、格別な新年であると感動しておりました。

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