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紫がたり 令和源氏物語 第三百十一話 若菜・上(五)

 若菜・上(五)
 
左中弁は朱雀院のご意志を伝えようと六条院を訪れました。
弁は院のお気持ちが痛いほどによくわかるのでこの話をまとめたいと考えております。
そうはいっても源氏が紫の上を重んじているのも知っているので、女三の宮が降嫁されるとあれば、姫宮に気の毒なことにはなるまいかと懸念もしております。
長年院にお仕えしているので、女三の宮が幸せになれるようなご縁を結びたいところですが、まずは源氏にそうした意向があるかをあたってみようというわけなのでした。
源氏は左中弁がいつものような快活さを押し込めてかしこまっているのを見ると、院の遣いでやってきたか、とその用向きも自ずと察せられるので、迂闊なことは仄めかさぬようにと気を引き締めました。
「弁よ、久しぶりではないか。何やら難しい顔をしているの」
「はい。今日は院の御意向を受けて参上致しましたもので」
包み隠さず核心から入ろうとするものを適当なあしらいはできません。
「六条院に腹芸は通じませんので単刀直入に申し上げます。女三の宮のご降嫁のことでございます。朱雀院は御身にご後見をと望まれておられます」
「院がそのようにお考え下さるのはありがたいが、私と院はさほど年齢も変わらぬ。長く姫宮をお守りできるという確証はない。もしこの身が儚くなるようなことになれば若い姫宮を未亡人にするのだぞ。後々再婚されるにしても姫宮というご身分を傷つけぬよう軽々しいことは避けねばと考えておる」
「それはもちろん院もお考え抜いた上でのご結論でございます。姫宮はまだお若く頼りのうございます。かつて御身が紫の上さまを育てたように宮さまをお引き受けくだされば院もきっと安心されることでしょう」
源氏は院もまた思い切ったことを考えられる、とあさってのほうへ目を転じました。
「いっそのこと入内されたら如何でしょうか。藤壺の中宮がそうであったように、後から入内されても華やかにときめかれる場合もありましょう。私のように先の見えない者に委ねられるよりはよろしいかと思われます。そういえば女三の宮の母君は藤壺の中宮の妹宮でしたね。美しい御方でいらしたと聞きますので、女三の宮もさぞかしお美しいことでしょう」
そうして源氏が物を思うように庭を眺め押し黙ってしまったのを、左中弁も今はここまで、と御前を辞去しました。
源氏の心は如何なものであるか、それは左中弁には推し測ることはできませんでした。それは当の源氏でさえ自分の心を読みかねているのですから致し方ないことでしょう。
また源氏の悪い癖が胸の底で蠢いているのです。
紫の上を最愛の人としても亡き藤壺の中宮への想いが消えたわけではありません。
女三の宮はかの人の姪にあたり、加えて皇女という尊い身分であるのです。
もしや再びあの輝く宮のような御方と巡り合えるのでは、という仄かな期待が源氏の胸をじりじりと焦がすのです。
そうかといって今さら紫の上を捨てることもできません。
今さら愚かな考えは捨てよ、と己を戒める源氏の君なのでした。

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