見出し画像

紫がたり 令和源氏物語 第百十六話 明石(三)

 明石(三)

神への感謝は尽きることがありませんが、近頃夢に悩まされることもあり、夜半にはついうとうととまどろんでおりました。
すると月の光が差し込んでくるとともに懐かしい気配を感じ、顔を上げると、そこには生前の御姿そのままの父院がおられました。
「光る君よ、どうしてこのようなむさくるしいところにおるのだ?」
父院は子供の頃に愛情をこめて呼んでくれた名で優しく呼びかけてくれました。
「父上、お会いしとうございました」
懐かしさのあまり涙が溢れてきます。
「辛い思いをされたようだな。私は生前犯した罪を償っておったので、現世を顧みる余裕がなかったのだが、光る君の様子がいたわしくてこちらに来てしまった」
「なんと。父上に罪などあろうはずがございません」
「私もそのように思っていたのだが、そなたの母を深く愛した罪が殊の外重かったようだ」
「人を愛するということが罪になるというのですか?」
「一国の帝王としては、それはやりあってはならぬことだったのだ。他の女御たちの嘆き、嫉みは元はといえば私の心からでたこと。大きな罪となって我が身を苛むのだよ」
源氏は自分の苦境を知って現れた父の愛に深く感動しましたが、同時に大きな衝撃を受けていました。
「私は罪を犯したのでこのような目に遭っているのですね」
暗く目の前が塞がる心持ちで、父への申し訳なさで低頭しました。
「そなたの罪は何ほどのものでもない。私は帝にも申し上げたいことがあるので、はや都に参らねばならぬ」
源氏が首を傾げると、今年に入ってからの天変はやはり間違ったご政道に対しての天の戒めだということでした。
その元凶は太政大臣や大后にしても、天子たる朱雀帝にその禍が降りかかるので、それを諭してあげなければと今一人の愛息子の元へ向かわれるのです。
「父上、それでは私も連れて行ってください」
すがる源氏に父院は優しく仰いました。
「光る君よ、住吉大明神の導きに従って舟で海に漕ぎ出すのだ。よいな」
そうしてすうっと消えて行かれました。
父院の姿が消えても優しい御声は耳の奥に残ります。
夢ともうつつともつきかねる不思議な出来事でしたが、源氏は父院がたしかにそこにおられたのだと嬉しくて涙がこぼれました。

次のお話はこちら・・・


この記事が参加している募集

古典がすき

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?